<知床岬をややウトロ側に回った地点>
<昨日、知床岬にて>
知床岬を踏んだわれわれパーティーは大きな目的を達成したので、ここから先は、いわゆる帰路に属する。
知床岬から最も至近の船が接岸できる湾は文吉湾。したがって、知床岬を目指すアウトドアの奇人変人たちの多くがこの文吉湾を訪れる。
われわれパーティは、文吉湾からひとつ岬よりの啓吉湾でキャンプを張った。夕刻、水を摂りに行ったYくんがけっそうを変えて、テントにもどってきた。ヒグマに出くわしたと言うのだ。
ヒグマ、まじっ、ビビリまくりっすよ!
ここまで、パーティーが遭遇したヒグマは合計6頭。人間の方はというと、初日に反対方向からやってきた精悍な2人パーティーと知床岬手前のおばあちゃんとすれ違っただけだ。つまり、人間は3人。
われわれのパーティーのヒグマとの接近遭遇率は人間とのそれと比べて2倍ということになる。
そのすれ違ったパーティーでさえも、ヒグマとは1頭しか出会わなかったと言っていたので、われわれパーティーはことさらヒグマづいていたのかも知れない。
その夜、われわれは半洞窟の快適なキャンプサイトで、とりわけ陽気なひと時を楽しんだ。充実しながらも過酷なコースタリングを終え、明日は漁船にピックアップしてもらい船の中に座っているだけで相泊に帰れるのだ。陽気にならないわけがない。
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<知床岬にて国後を見ゆ>
それやこれやで、翌朝はゆっくりめの起床。
好奇心旺盛なYくんは、さっそく浜に出てアサリ掘りにこうじている。
そこへまた、ヒグマが出現したのである。ちょうど啓吉湾のわれわれから見て左側のヘリからヒグマが出現し、海岸線沿いに、Yくんの方向に、ノッシノッシと歩いてゆくのだ。
パンツ一丁で無邪気にアサリ堀に没頭しているYくんと、ヒグマがまたも海岸線で鉢合わせになったのだ。
汚いパンツ一丁でヒグマとまたも鉢合わせになり、すすけたパンツとは逆に頭の中が、真っ白になったYくん。遠目からもパニクっているのが分かる。それほど、さように、Yくんの絶体絶命のピンチ状況は察して余りある。・・・・というか、この状況に当事者として直接参与しているパーティとして、彼の安全を確保しなければならないのだ。
われわれは機能体であると同時に、運命共同体なのだ!
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ヤバいっ!と危機を察知することは動物としての人間が保有する基礎的状況適応能力の基礎をなす。そして、その基礎のうえに、どのような行動をとるのかは、人によって、状況によって異なってくる。
ヒグマ相手では、時として、なにもせず、動かずに、じっとしていて、状況をやりすごす、という行動が肝要だ。でも、これがなかなかできないものだ。ついつい、後ろ向きに逃げたり、声を出したり、不用意に近づいたり・・・という行動をとりがちだ。
<Yくんの方向を見るヒグマ、啓吉湾にて>
ともあれ、ヒグマは桜井さんのYくんに対して発した叫び声、「とまれ!」に反応して、もといた湾左側のブッシュにまで後退した。その間隙をついて、ほうほうのていでテントにまで戻ってきたYくんの顔面は緊張と恐怖で蒼白だった。
とまれ、無事でなによりだ。その約10分後、くだんのヒグマは、悠々と、なにもなかったように、われわれのテントサイトの真正面を左から右に横切って行ったのだった。
これで3日間で遭遇したヒグマは全部で7頭だ。
でもYくん、無事で、よかった、よかった。
(反省)→知床では、どんなときでもパーティーは凝集して行動する必要がある。30m以上お互いが離れない方がいい。
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<文吉湾の番屋と漁船>
テントを撤収して、啓吉湾を登り、文吉湾を降りて、あとは船を待つだけだ。12:30にチャーターした迎えの船がわれわれをピックアップしにやってきた。
船はけたたましく波をかき分け、岩場、岩礁を巧みにするりぬけ、途中、知床財団の調査員二人組をピックアップして1時間もしないうちに相泊に着いた。
帰路、海上から、われわれが苦心惨憺して、歩いた海岸、ヘツった岩礁、高巻き、下降した岩場が、つぶさに見えた。
<漁船の上で>
相泊に帰ってきた時、かけがえのないホームタウンに帰還してきたような妙な感覚にとわられた。
ここも、知床である。
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<The end of Shiretoko Expedition ライダーハウス白樺にて>
これで、Shiretoko Coastering Expeditionも終わりだ。
あ~~~~~っ、終わってしまったのだ。
羅臼で3人パーティーはめでたく解散。
桜井さん、Yくん、ありがとう!
「また知床へ、来たくなったら、いつでも来てね」
そう朴訥な口調で語る桜井さんの言葉が、胸に響く。
Yくんと僕は、ライダーハウス白樺(関連ブログ記事:もうちょっと知床峠のほうにあるキャンプ場が閉鎖されている時、よく利用されるライダーハウス。残念なことに、今年の夏一杯で廃業するという)に寝場所をとり、ひさしぶりに座敷と布団の上で夜を過ごすことにした。
そして、あたりの温泉で、全身に沁みついた汗を流したのだった。
***
その夕刻、ライダーハウス白樺の横の広場で、羅臼コミュニティーの夏祭りがあった。
地元の老若男女はもとより、旅の者などが混ざって織りなす、心あたたまる集まりだ。
そこで、漁師の人達が、出店を出して、ホタテ、ホッケ、ズワイガニ、豚などを焼いていた。
漁師 「アンタら、ずいぶん、色黒いけっど、どっからやってきたんサ?」
僕 「あのう、札幌から自転車で走ってきて、この3日間は知床岬までシーカヤックと歩きで行ってきました」
Yくん 「知床岬から帰ってきたばかりで、これから自転車に乗って宗谷岬を目指します」
「アンタら、キチガイだっ!がははは~~~」
そう漁師は叫び、天真爛漫に笑いこけると、
「よっしゃ、オマエらっ気にいった!どんどん食えっ!」
そう言い放ち、祭りの場の脇で車座になって座っているわれわれに、次から次へと、海の幸を持ってきてくれるのだ。
ホッケ、カキ、ズワイガニ・・・・・・・ありがたや~~~。
<海の幸にがぶりつく>
Yくんと僕は、その辺の地べたに座り、ビールを飲みながら、キップのいい漁師の好意により、ゲラゲラ笑いながら、たらふく、新鮮で美味極まりない大量の海の幸にありついたのだった。
blue moonのパワーなのか?
とまれ、幸せな羅臼の夜だった。
ここは知床である。
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