小屋生活の系譜

八ヶ岳本をいうマイナーなジャンルがある。登山でもなく、単なるレジャーをテーマにした本でもない。八ヶ岳の麓に移住したり、住んだりすることを主たるテーマに置く一群の本のことをいう。

八ヶ岳南麓に小さな山荘を営む身からすれば、気になるテーマで、かれこれ30年以上もこのテーマを追いかけるというほどではないが、まぁフォローしてきている。そんななかで、異色の本に遭遇した。

「僕はなぜ小屋で暮らすようになったのか」がそれだ。

慶応の大学院で研究した後、いろいろあってホームレスを彷彿とさせる路上生活を経て、数々の試行錯誤を経た筆者が、雑木林に小屋を建て多摩川の河川敷にテントを張って、これら二つの拠点をカブで往復しながら暮らしているという。知的な人とあって、家庭教師などの都市系の仕事で収入を得ながら、菜園で栽培する野菜や川で釣った魚などを食べながら慎ましく生活しているという。

著者は活字を紡いだり思索が好きな人と見えて、内面描写も内向的な人独特のじめっとした陰影を落としながらも、生活の描写は淡々としていてなぜか小気味よい。

通底するテーマは「哲学」や「死生観」。幼い頃に「自分の死」のイメージに思い至ってより、「生きていること」の不思議さや儚さに思い巡らせてきた著者が、思考の世界と現実的な生活との折り合いをつけてゆく試行錯誤の記録だ。

小屋、山小屋、山荘をテーマにした本は、有産階級の人やある程度仕事をやり終えたり、いくばくかの成功を収めた後に高原や見晴しのよいところに移り住んだり、セカンドハウスを持つといったストーリーが中心だが、この本は、それらのプチブル的趣向とは歴然と隔絶している。

著者によるブログも面白い。

ウォールデン池畔の森の中にこじんまりとした丸太小屋を建て、自給自足の生活を『ウォールデン 森の生活』(1854年)に紡いだヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau、1817年- 1862年)の系譜がそこはかとなく見え隠れするのも味わい深い。

 

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