創部50周年記念パーティは男だけの世界・・・

カテゴリー : 自転車ツーリング

学部時代にメンバーだったサイクリングクラブの創設50周年記念パーティーに行ってきた。総勢200名の大パーティである。(当日参加者によるブログ、その1その2その3

1962年に創設されたクラブなので、年配の卒業生はすでに70才を越えている。

なんやかんやで毎年会っているOBもいれば、なんと卒業以来初めて逢った先輩、後輩もポツリポツリ。

いまどきの大学には男だけの部やクラブはほとんどない。だが、このクラブは会則で「女人禁制」を半世紀にわたって断固規定しているのである。それにしても、こうも老若男衆が集まると壮観の一言だ。まあ、見方によっては、キモイ奴ら、変態、パターナリスティック集団、能天気なジェンダーブラインドgender blind・・・と紙一重なのかもしれないのだが。。

さて、いっしょにインドとネパールを走って苦楽をともにしたフンケーの友HやT大学教授のEとも、うれしい再開を果たした。面白いもので、インドやネパールの珍道中の話になると、まさに話は尽きないのだ。

・・・ということで、このクラブは、今だに自転車に乗って走り続けているオレとしては原点みたいなものだ。大学そのものへの帰属意識は希薄なものの、かろうじて、この希有な仲間たちとの強固な絆、連帯意識、共有する記憶、そして、こうして垣間見る「いま、ここ」が媒介となって、大学との抽象的な一体感が、明確な輪郭をともなって具体的に立ち現れるのだ。

なので、仲間と再会して酒を飲んで、校歌だの、応援歌を歌うのは、ちょいカッコよく言えば、

原点に帰る・・・。

帰巣する・・・。

また、前を向いて走る・・・。

っていう感じだ。

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この男だけのクラブを作り、半世紀の歴史を刻むにいたらせしめた、初代の大OB氏と、なんとパーティーの直後にfacebookで繋がった。ああ、この人、なかりせば、すべてなし・・・。仕事を引退してからも、秋田でage friendly city化の運動を行っているという。

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さて、この集まりで大いに語らい、三つのアイディアを得た。

①ランニング

2年上の昔からお世話になってきたY先輩が、このところ、トライアスロン、マラソン、山岳マラソン、トレールランで目を見張るパフォーマンスを顕現させている。そのY氏より、直々に練習方法の伝授にあずかり、オレは来年、クラブOBによる駅伝に参加することになった。この目標は悪くない。自転車ツーリング、半日~一日断食減量プログラムと相乗効果が生まれるだろう。

②インドを自転車で再走する

「おい、あと数年後に、またインドを走ろうぜ!」ということになった。根も葉もないような話なのだが、たぶん、これは現実化するだろう。なぜなら、○○年前、「おい、インド行こうぜ」のたった一言から、我々のインド・ネパールの自転車冒険旅行は現実化したからだ。あのとき、そうなったのだから、今回もそうなるだろう。1-2カ月、昔インドネパールを走った男たちが、また自転車を蹴って走る・・・。いいなあ!

③昔からの仲間は大事なのだ

コミュニティのあり方について日ごろ考えているのだが、家族でもなく、職場でもない、地域でもないコミュニティはそうそうあるものではない。共同記憶(幻想)を追認して温めるだけの同窓会ではなく、複数世代が参与するコミュニティとして、大学の部やクラブのOB/OG会というのは、ある意味、大事な存在なのではないか。いずれにせよ、昔からの仲間ってのは、お互いを見つめ直す「鏡」のようなものなのかもしれない。しかも、時がたつにつれて、輝きを増す「鏡」。大切にしたいと思う。

ゴアテックス・ギアのコスパ

カテゴリー : 自転車ツーリング

自転車、登山などのアウトドア活動を行うに当たって最も大事なウェアはなにか?

雨具だと思う。

なぜなら、嵐、雨天に遭遇して体温が低下すると死に直結するからだ。死というクリティカルな状況に至るパスをマネジメトするウェアが雨具だ。

もちろん、死に至る状況に至ることがなくとも、快適に山野で過ごすためには、防寒、防湿機能を兼ね備える雨具の存在はことのほか大きい。

The North Faceの雨具は、夏の北海道の自転車ツーリングから春夏秋冬の登山、エクスペディション、ハイキングまでに大活躍だ。

ビジネスやアカデミアがらみの出張も、「ドアの外へ出る活動」なので、本質的にはアウトドア活動だ。だから、山野、都市環境を問わず、オフ・オンをとわず、このThe North Faceギアをほとんど着るか、携行している。この10月、11月の大分、佐世保、松山、高松、金沢方面への国内出張にももちろん携行。

さて、このギア、使い始めて10年。買い取りコストは、水道橋のさかいやで、たしか38,000円だった。

なので、一日あたりの保有コストは、38,000÷365X10=約1円。

これは、町で着用する背広、ジャケット、コートなどの15倍以上の数値だ。自分にとって、The North Faceゴアテックス・ギアは、名実ともに、もっともコストパフォーマンスの良いウェアだ。

今は昔の皮と紙の古典古代的「手帳」

カテゴリー : モノ書き

Grad. schoolを終えた年から2008年まで20年使ってきたCoachのスケジューラ。BostonのNewbury streetあたりで求めたもの。

それ以降、各種プロジェクトワーク、原稿の〆、クライアントとの面談、旅行の日程、アウトドアのダンドリ、etc…いろんなことをこれ一冊でマネジメントしてきた。

いかんせん、Coachのスケジューラは皮と紙からできているので重い、重い。ブリーフケースの中でもけっこうな容積をとられてしまう。野外に持ち出すことも多々あり、ザックの中や自転車のフロントバックの中にしまっておくことも。

疲れるわ。こんなん、やってられんわ!

で、2008年あたりからクラウドにこれらを全部ぶちこむことにした。紙に書きとどめておく習慣がずいぶん長かったのでなんとなく不安もあった。でも、この不安、まったくの杞憂だった。

現在のワーク環境の90%はクラウドにガバッと移行している。

①スケジューラ、スケジューラにヒモついたノート

これだけでも、革新的だった。航空会社から送られてくる予約や決済確認のメールを貼っておくなどして、一元管理。iGoogleのToDoリストとの連携でさらに使い勝手がよくなる。

②Evernote

アイディア出し、ひとりブレスト、原稿、記事草稿おこし、メモ、etc…これは使える。使い勝手のいいほぼ無限大に拡張できる雑用ノート、画用紙といった感じ。

③Picasa

大容量の写真の保管に便利。いったん、ここに貯めておいてからブログなどのメディアに移す時に使う貯蔵庫のようなものだ。

④facebook

その時々の記憶や記録のクリップや自分ログや交流が中心だったのだが、このところ、Group機能をつかった各種コミュニティでのヤリトリが盛んに。Professional系の濃い議論や情報共有にはなかりパワフル。Cornell同窓会、Ivy leagueの集まりなんかもすべてここ。当初はまったく予想していなかったんだが、仕事の依頼もfacebook経由でやってくることが増えた。

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昔の皮と紙から出来上がっている「手帳」というメディアは旧態依然とした古典古代的シロモノ。今では、上記のサービスを、デスクトップPC、Mac Book Air、スマホで連携してカシャカシャやって使っている。

皮と紙からできていたCoachの手帳が、スマホに化けたという感じだが、それぞれ連携がとれるので知的生産性はぐっと上がっているように思える。

手帳ではコマギレの情報カンリだけだったものが、ネット系デジタル/クラウドを使うことによって、コマギレとコマギレの間に関係性が生じて、かつ外部への拡張性、こちらがわへの浸潤性、双方でのヤリトリがやりやすくなった。

あとは、それらを使いこなす、こっちがわ=人間のキャパを上げることが課題だ!

 

書き続ける持続的意思=コラムニストの命

カテゴリー : よもやま話、雑談

秋といえば学会。とある学会に出すペーパー書きで忙しく日経ITProの連載コラムとブログはご無沙汰。

ペーパーは英語。どうしても英文ペーパーに没頭している時は、読みこむ文献も、紡ぎだすアウトプットも英語なので、英語アタマになってしまうことが、日本語から自分自身を遠ざける真因じゃなかろうか。

英語モードのときは、日本語で書いているコラム、ブログのペースがガクんと落ちる。たぶん、相当無理して日本語⇔英語の言語境界を越境しているのだろう。

友人のオランダ人学者に、オランダ語、英語、ドイツ語、フランス語のトリリンガルならぬ、バイの2倍の「バイXバイ・リンガル」がいる。そいつは、日常的に4つの言語を話し、もちろん、それぞれがネイティブ・レベル。羨ましいかぎりだが、書く方になると、満遍なく書けるわけではなく、はやり、オランダ語⇒英語⇒ドイツ語⇒フランス語の順だと言う。

彼曰く、英語で書く日々がつづくと、どうしても他の言語で書くことが億劫になるそうな。

・・・なるほど、それならば、俺の突発性日本語筆不精も許されるだろう?

まあ、そんなことはどうでもいい。英語ペーパーのほうはなんとか終わりそうなので、日本語コラムのつづきに精を出さなきゃならんのだ。

書き続ける意思を持続的に持って、ストライクゾーンの縁のクサイ部分に文章というタマを投げ続けることが、コラムニストのコラムニストたる所以だ。