日本の戦略的思考ー歴史から学ぶそのミクロ性とマクロ性ー

カテゴリー : No book, no life.

 

2009年にMOTを修了した卒業生の石川さんから一冊の本を贈呈された。彼は東工大を修了してから横浜ゴムで材料研究室長、技師長などの立派なキャリアを積み、定年退職してからMOTに入ってきた。当時の授業は田町でやっていたので、夜な夜な飲み屋に繰り出しては、多彩な議論に花を咲かせたものだ。

年上の学生と年下の教員という面白い組み合わせだが、燻銀のような実務経験のある社会人学生からは教えるふりして、実は学ぶことのほうが多い。もっともエンジニアリング系のバックグラウンドの人は通常、歴史、哲学、宗教、社会制度、経営などを広範に視野に納めるリベラルアーツの視座が欠落している人が多いので、石川さんのような人は極めて希有なのだ。

さて、当時石川さんはしきりと幕末江戸人の「マクロ思考」を論じていたのだが、この本を一読して、当時の議論が鮮やかによみがえってきた感じだ。ちょっとこの力作から引用しながら要点をまとめてみる。

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江戸幕末人が指導した日露戦争までの明示前半はマクロ思考であり、、かれらが指導した日露戦争は戦略的だった。明治生まれの明治人はみミクロ思考であり、その人々が指導した昭和は急にミクロ思考となった」(p77)

明治10年代に生まれた指導者として、広田弘毅、松岡洋右、東條英機、板垣征四郎、土肥原賢二、松井石根、木村兵太郎、武藤章などがいる。これらの群像に対して、明治維新を行い明治国家を創った世代として、勝海舟(1823~1899)、大久保利通(1830~1878)、福沢諭吉(1835~1901)の名が挙がる。ほかにも、伊藤博文(1841~1909)、小村寿太郎(1855~1911)、児玉源太郎(1852~1906)、明石元次郎(1864~1919)、桂太郎(1842~1913)、東郷平八郎(1848~1943)、山本権兵衛(1852~1933)、渋沢栄一(1840~1931)など。(p146のリストより抜粋)

幕末における時代の「マクロ性」がたくましいリーダーを創った下部構造。

「明治時代以降に生まれた人々(とくに明治国家ができあがったとされる明治10年以降に生まれた人々)は江戸期の制度、価値観がなくなってしまい、国の制度や組織、法律などマクロの部分は外国から入ってきたものが主体になってしまった。輸入した文明の大きさに衝撃を受けたのでその時期は外国産の制度や学問などを必死に学んで習得せざるをえなかった。それゆえ、自分ではマクロ思考をしなくなってしまった。マクロ思考は輸入品で各人はミクロしか考えなくなってしまった」(p172)

「大思想家が江戸時代に多く現れたのも真に自分で考え、生みださなければならなかったからである」。「江戸時代は国は閉じていたがその間に日本の独自性を醸成して真に日本の独創がうまれたのである」(p196)「できあがったマクロ思想を輸入するということはその背後にあるその民族が歴史的に獲得してきた経験に基づく思想(を)抜きにして結果だけ持ってきているということである」(p197)

江戸文化の普遍性について「江戸時代がマクロ的であったということは、概念化、思想性、といったことんも優れた時代であり、それゆえその時代の指導的な人々のレベルも歴史的に見ても日本人の思想(の)頂点をなしている人々が多い」(p216)として、石田梅岩、徳川宗春、二宮尊徳、本居宣長、平田篤胤などがレビューされている。

ただし平田篤胤の業績のレビューは表面的なものにとどまっていが、これは紙数のためしょうがない。平田篤胤の理解こそが、江戸の「マクロ性」の理解につながるはずだ。(詳細は、平田篤胤その1その2その3

「江戸期には試行錯誤による自前のマクロ思考の経験を持っていた。明治維新から日露戦争までの明治前半がうまくいったとするならば、それらを実施する指導者が幕末江戸人であり、本質的に時前のマクロ思考をもち、外国からマクロ的要素を取捨選択できた」(p257)

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ではいったい、失われたマクロ思考をどのように取り戻したらよいのか?もっとも時代に埋め込まれた壮大な土台そのものを一気に平成の世の中に構築することなど無理なことだが、石川さんは①俯瞰的に見る知的習慣、②仮説検証型の思考の強化の2点を指摘する。

これら2点に加え、③「橋渡し思考」(translational thinking)を薦めたい。橋渡し思考とは、異なる文脈に埋め込まれている異質なものごとを結びつけて新しいモノゴトを生みだす実践的習慣、知的訓練によって培われる思考様式だ。たんなる専門性とは異なる、専門を超越した領域を見渡して、接着するリベラルアーツ的な行動様式だ。

いにしえと新しきこと。清と濁。聖と俗。美と醜。正と邪。あるいは要素技術どうしでもいい。頭と手足。理論と実践。研究と現場。技術と経営。真摯さと諧謔。大真面目とギャグ。モデルとプラクティス。両端を視野におさめることで、遊び心を持ちながら、多様性を視野に納める端緒となる。さらにそれらをシステミックに結びつけ、新しい概念やソリューションを見せる化するデザイン思考を鍛えることにもなる。

これらの思考法を第一章で論じている「産業構造階層モデル」(p9)に接続すれば、技術経営教育論として新味があるだろう。

いろいろなことを考えさせられる貴重な一冊だと思う。 ぜひ一読を薦めたい。

ハーフマラソンを初めて走った話

カテゴリー : ランニング

ハーフマラソン大会(2013千葉県民マラソン大会)に初めて出て走ってきた。

老若男女が号砲とともにいっせいに走りだし、だんだんと一本の帯みたいになってゴールを目指す。その長い帯の中の、ほんの一粒になってひたすら走ってきた。感動的な体験だった。

3カ月くらい前この大会をめざして練習(というか練習に毛が生えた程度のランニング)を開始し、facebookのほうで、いろいろその道の先輩や先達から教えてもらいながら練習をしてきたのだが、たった一人でシコシコ走るのと大勢のなかの一人として走るのとでは、まったく違うことに、遅ればせながら気がついた。

譬えて言えば、1人の練習は(褻)のようなものだ。日常の中で仕事や雑事をヤリクリして練習のための時間、空間をつくり、ジワッと体をつくってゆく。けっこう孤独な作業なのだ。そしてないより地味だ。

いっぽうマラソン大会は、ハレ(晴れ、霽れ)のようなものだ。勢いのいい音楽がジャンジャンとスタート地点の体育館のまわりに充満し、広場には屋台、出店が所狭しと連なる。そう、お祭りなのだ。まわりのランナーは、みんな溌剌としているし、高揚感でいっぱいだ。

(この日のいでたち)

スタート地点で、ちょっと雑談をしたあるランナーは、だから今日は「晴れ着」を着ていたと言っていた。頭の上のランニングキャップからつま先のランニングシューズ(オーダーメード)まで総額50万円以上かかっていると言っていた。スゴイなぁ。。たしかに、晴れの祭りの場で身につける服のことを柳田国男は「晴れ着」だと言っている。

さて、ハレのお祭りでは、なにに絶対的な価値を見出し、なにを祝祭の対象とし、なにを祝い、なにに感謝するのか?走るという神聖な所作によって聖別されるものはなんなのか?

(参加者にはたくさんのおみあげが)

その、おおきなひとつは、みんなといっしょに走ること、走ることができるくらいに健康になること(becoming healthy)と、健康であること(being healthy)ではないのか。ケの練習によって健康レベルを維持、増強し、ハレの大会で、みんなでわーーっと走り、健康レベルを「記録」によって共認してゆく。

ということで、走りへのモチベーションおおいにアップ!と同時につぎは、自転車のほうでも、センチュリーライドや長距離ランドナーイベントに参加することも画策中。