幸福かどうか、なんてどうでもいい?

カテゴリー : No book, no life.

「人生の下り道をゆっくりと歩きながら、原稿用紙に文字を埋めてゆく。その静かな幸福感を道連れに、風のように生きてゆきたい」(p15、五木寛之)

「心の持ち方次第で、幸せにも不幸せにもなる。その強さがあるからこそ、人間はどんな仕組みの中でも生きていこうとする」(p71、浅井新平)

「テレビは架空の幸福の形を提供しつづける。それらを鵜呑みにすることで、逆に幸福から遠ざかってしまう」(p75 阿久悠)

「山あり谷ありの人生のなかでの喜びも、そして悲しみも、ほどほどがいいのではないかと私は思っています。幸福は追い求めすぎると見えなくなる」(p137 藤本義一)

「私は幸福論など語ろうと思わない。むしろばかげている。・・・今が幸せかどうかなどと考えることはまったく無意味なことです。・・・それより、今取り組んでいること、抱えている問題と必死に闘うことです」(p174 養老孟司)

「世間の常識にとらわれない生きたかを」 (p176 養老孟司)

「日本では経済的な不況に見舞われ、会社をリストラされたり、ローンの返済に追い詰められたりしています。でもそれは、貧困などというものとはほど遠い。本当の貧困とは、今日食べる食べものがないということなのです。・・・本当の貧困を日本人は知らない。貧困を知らないと、貧困をゆるさないということになる。幸せでいることに慣れてしまうと、不幸せになることが許せなくなる。自分の一生はいつも幸せでなければいけないと思い込んでしまう。この誤った感覚が、日本人をどんどん不幸せにしている」(p155 曽野綾子)←◎ですね。

 

 

北海道自転車ツーリング2014

カテゴリー : 自転車ツーリング

 

(日高の海岸にて)

札幌市立大学で講義する日程に合わせて、なんとかスケジュールをヤリクリして、自転車で北海道の僻地を800kmほど約1週間すべてテント泊で走ってきた。

今回は、北海道の僻地の保健・医療・福祉サービスが、人口の高齢化・減少によってどのような影響を受けているのか、そして、地域を支える再生可能エネルギーへの転換がどのように進んでいるのか、といったことを調べることにした。

その詳細は連載をしている日経BizGateの記事「老いゆく日本、先行する過疎地の知恵に活路~自転車に乗って北海道の過疎地をフィールド調査」でまとめてみた。

連載記事は事実に基づいた分析だが、ここでは、ルートに沿って去来した心象風景などを思うままにツラツラ書いてみよう。

***

今年は、アルプスのランドナー(昨年小樽市内で事故によってトップフレームのシートポスト横に皺)に代わって、TOEIの700cキャンピングが相棒だ。 

全行程約800キロメートル、宿泊はすべてテントと寝袋で済ませ、食糧は基本自炊で済ませ、行動食は買い食いとした。

ここ10年くらい北海道自転車ツーリングといえば75リッター大容量のオーストリッチ・パニアバックが相棒だ。すべてキャンピング装備が入ってしまうのがいい。

(日高のサラブレッド牧場) 

 

                                     ***

DAY1(7/2):千歳空港→新冠→DAY2(7/3):様似→アポイ岳→アポイファミリーキャンプ場→DAY3(7/4):襟裳岬→広尾→大樹町→忠類(道の駅忠類)→DAY4(7/5):帯広→士幌→上士幌→糠平湖(国設糠平野営場)→DAY5(7/6):三国峠→大雪湖→石北峠→留辺蕊(つつじ公園キャンプ場)→DAY6(7/7):チミケップ湖→津別(21世紀の森キャンプ場)→:DAY7(7/8)美幌→美幌峠→屈斜路湖砂湯(砂湯キャンプ場)→DAY8(7/9):藻琴峠→小清水峠→網走。

今年のルートは、新千歳空港から太平洋を右手に見ながら東南へ南下し襟裳岬を経て十勝平野を北上し、大雪山系の1000m以上の峠、三国峠と石北峠をやっつけてオホーツクの網走に向かうというものだ。

DAY1:千歳空港→新冠(サラブレッド銀座駐車公園)

新冠のレコードの湯のオジサンに聞くと、テントを張るならこの公園がいいよ、と紹介される。ありがたし。サラブレッド銀座駐車公園の設備は豪華。トイレ、休憩室、洗面室、観光用の資料閲覧室までついている。雨が降ってきたときなど避難場所としては最適だろう。芝生の上にテントを張って一泊。

DAY2:午前中70km走り、昼に様似のアポイ岳山麓(アポイ山麓ファミリーパーク)到着。

自転車を麓にデポして20分休憩してから、アポイ山へアプローチ。アポイ岳ビジターセンターの美人で親切なスタッフの方からルートの概要を聞く。登り3時間、下り2時間。今年はサイクリングシューズのビンディング用の鉄プレートをはずして、昔ながらのトークリップ。なので、アポイ山くらいの山ならなんとか、サイクリングシューズでも登れる。

アポイ山はカンラン石があらゆるところに露出している。そして、森林限界を超えてハイマツ帯になってから、頂上はなぜかダケカンバに覆われているという、ありえない摩訶不思議な山。通常の山の植生はこの逆なのだ。このありえないアポイ山の植生については学術的にもまだ解明されていないという。

たしかに、この山の気は清廉かつディープ。深い森林を潜り抜け、岩清水を飲み、ちょっとガスがかかった太平洋を望むマインドフルな山行。

Photo: 新冠から様似まで70kmひとっ走り。登山口まで走りアポイ岳へ。ジオパークとして世界中の注目が集まる一帯。

 (アポイ山のピーク付近から)

DAY3:3日目の襟裳岬を挟んだ20kmはきつかった。強烈な向かい風で疲労困憊。10パーセントくらいの坂道でかつ強烈な向かい風。

こういう日は、ムリしてpositive mindになることはないんじゃないの?

風を思いっきり呪うにかぎるのだ。

風のバカ!

自転車を降りて押すハメに。たかが丘陵地帯の坂で自転車を押すのは、屈辱的な感じだが、まあしょうがない。

あまりに強い向かい風にフロントバックの蓋がガバッと開いてしまい、行動食のビスケットが数枚風に飛ばされた。それを見ていたカラスが目ざとく飛んできて、道路を勢いよく転がるビスケットをつまんで飛んでいった。

クソ、カラスめ!バカ!

Photo: 強烈な向かい風でチャリを押す。3年前時計回りで走った時は楽勝だったのに。

(襟裳岬、疲れた)

鉛色の海。

冷たい雨。

強烈な逆風。

サイクリストの気持ちを心底暗くする3点セットだ・・・・。

こういう時はメンタルも湿ってきて暗くなりがち。なので、風除けのために転がり込んだバス停のボックスのなかでfacebookで友人たちに愚痴りながらなんとかモチベーションを維持。とほほ。

幸い、広尾から大樹あたりで雨も止み、スピードに乗ってきた。襟裳岬のレストランのおじさんが、コスモール大樹に併設されているタタミの部屋に泊まれるという話をしてくれた。ただし、ここで畳の上に寝るのは気が引ける。

夕刻が迫っていたが、1時間も走れば忠類なので、20分ほど休憩してひたすら走る。

Photo: 忠類のキャンプ場。あたりいったい芋の花の白い絨毯。風がほの甘い。

(忠類の道の駅)

ここ、忠類の道の駅にはナウマン公園キャンプ場という綺麗なキャンプ場が併設されている。料金はタダというのがうれしい。忠類の道の駅は、温泉、レストラン、キャンプ場が実に充実している。道内の数ある道の駅と比べても屈指の充実度ではないか。オススメである。冷え切った体をナウマン温泉で温める。

極楽、極楽~。

そして、テントにもぐりこみ、寝袋の中の人となる。

幸せとは、1日の走りを終えたあとの、雨風にバタつかない静かで乾いたテントの中にある、と言ってもあながちハズレではないだろう。

自転車ツーリングでは、こうした小さな幸せをたくさん拾い集めることができるのだ。

DAY4:4日目は、帯広を経て、上士幌へ、そして糠平湖へ。幸い天気はよく、風向きも悪くない。道の駅なかさつないで休憩しいていると、一人の初老サイクリストに遭遇。訊けばその74歳は、四国の高松から単独でずっと自転車キャンピングで旅をしているという。

すごっ!脱帽。

スーパーヘルシー初老サイクリストよ。こういう人と出会うとリアルな目標ができるからいい。お互いの健闘を讃えあい、硬く握手をする。

大正カニの家。一度は泊まってみたい町営の無料のライダーハウスだ。豪華ログハウスに内部にはベッドやシャワーがついている。

時刻も早かったので見学だけにする。すると、中からチャリダーさんやライダーさんが同族の臭いをかぎとったのか、ぞろぞろ出てきて、旅の四方山話を小一時間ほど。

プータロー君や学生さん。放浪者の系譜に連なる若者と話をするのはとても楽しいものだ。

オススメのキャンプ場、道の駅、道路の状況など、けっこう貴重な情報をシェアできるので、こういう四方山話は実に有益だ。

伸びやかな十勝平野の広がりの中、一つの小さな点となって、ひたすら北上。帯広駅あたりで昼になったので、ちょっと贅沢をして、ブタドン専門店のぱんちょうでブタドンにありつく。

国設糠平野営場へ着いたのが、5時過ぎだったので、係の人がキャンプ料金を取りに来なかった。北海道のゆるいキャンプ場ではよくあることだ。小さなラッキーか。

夕刻、管理棟の脇で座っていたら、キャンパーの人から「管理人さん、すみませ~ん」と声を掛けられた。真っ黒い顔で、使い古しのヤッケなどを着ていたのでたぶんそう見えたのだろう。

DAY5:5日目。広大な樹海を眼下に望む。走ってきた道を見下ろすというのも格別だ。三国峠登りはお花畑のなかを進む。

Hironobu Matsushita's photo.

(糠平湖の上のほう、タウシュベツ川橋梁)

熊がでるということで、一般車両は特別の許可を得ないと、タウシュベツ川橋梁まではいけない。残念ながら、対岸から遠望する。

Photo: 三国峠登りはお花畑のなかを進む。コズミック・ダンス。

 (三国峠への登り)

 ここには、にわかには信じられない風景が沿道に広がっている。

アスファルトの道のすぐ横が色とりどりのお花畑になっているのだ。

清廉な風が花々を揺らす。

風にそよぐ花々の祝福を受けながら、走っているかのよう。

至福の空間だ。

 

Photo: 1139m三国峠。雄大な原生林が眼下に拡がり雪渓をいただいたニペソツ山がすぐそこに。大雪湖まで下り石北峠の登りへと。

(三国峠にて)

 命の乱舞、命のフロー。

その圧倒的な空間を、登高感へのあくなき欲求を満たしつつも、はやる気持ちを抑えつつ、ダンシングしながら登ってゆく。風に揺れる花々もcosmic danceに余念がない。

風を背中に受けながら花々といっしょにcosmic danceだよ。

宇宙の鼓動に寄り添い、霊妙な鼓動を感じるままのcosmic danceだよ。

Caringだよ。

(大雪の山々)

「そう、私は風・・・・」

こんな詩のような言葉を言い残して亡くなった大学のサイクリングクラブのK田先輩の言葉をふと思い出す。その言葉を引き継いだ、今は亡きM山という後輩のことも思い出した。

「そう、私は風・・・・」か。

二人ともN経済新聞で働いていた。二人とも新聞社で働くくらいだから、言葉に対する感性も人一倍豊かだったのだろう。いろいろな縁でつながり、今、この新聞社のweb版にコラムを書いている。

しんみり。

二人とも三国峠を登ったことがあるはずだ。

二人のためにできることは、風になることか、「いまここ」の想念を彼らに送りとどけ、共有することなのか。

こういう時の秘密の言葉(マントラ)は;

 

Be here now! 

 

 

この呪文を口づさむと、襟裳岬で呪った風も、天使の囁きを語りはじめるのだ。

いまここは

自由

いまここに不自由を感じるのなら

それは自分の魂が

自分を不自由にしているのさ

不自由になるのも自由なら

自由になるのも自由

峠からのダウンヒルは、すべてを忘れ、甘美な囁きを聞きながら、風になってしまう貴重な時間だ。

K田さん、M山君、スミマセン、アタシはこの世で今日も自転車に乗って一生懸命走っています(笑)!

そう風の中で念ずると、満面の笑みを湛えた二人の顔が、前方の空の中にふっと浮かんで消えていった。

 山に上、下と書いて、「峠」と読む。

山を自転車で登り、下るという営為は、サイクリストに変性意識のピーク、つまり、「峠」をもたらすのだろう。

結局この日は調子がよく、三国峠、石北峠の2つの大きな峠を充実した走りでクリアーすることができた。

夜は無料のつつじ公園キャンプ場でテントを張る。すぐそこに大家本家ホテルという立派なホテルの温泉に浸かりに行く。ここの温泉はなんでも疲労回復やアンチエイジング効果抜群ということで、非常に高品質だ。温泉に浸かって芯からリラックス。この日越えた2つの1000m以上の峠登りの疲れもぶっ飛んだ。

夜、難関とされる国際学術誌から論文採択決定のメールが来る。ラッキーの一言だ。変性意識に入ってリラックスするとラッキーなことが起こるのか?いい繋がりは、いい場にやってくるのか?

 DAY6:6日目は、オンネ湯温泉のつつじ公園キャンプ場から、まずは、チミケップ湖を目指す。まとまった林道をキャンピング装備の自転車で走るのは本当に久しぶりだ。

(チミケップ湖へ続く林道)

国道ならまだしも、山間僻地の林道をキャンピングフル装備で走るというのはけっこう体力がいる。でも、こうして重い装備にも耐えて走ることができているのだから、よしとしよう。

体重が減ってかつスタミナが付いたので、この10年間で最も体力的には充実している。サイクリング、ランニング、断食(朝食ぬきの小食の習慣)をベースにて組み立てている健康法の効果だ。

北海道では、流石に早朝からがんがん走ったので、ちょっと言い訳くさいが、朝食は「行動食」としてとった。

Photo: 40km石北本線沿いをオホーツク方面へと走り、その後林道494号線を約30km走り抜けて秘境チミケップ湖へ。観光地とは隔絶した静かな湖面。

(チミケップ湖)

静謐な湖面を湛えるチミケップ湖。

三国峠あたりから変性意識にシフトしてきているので、いろんなモノが見えるのだ。正確に言うと、アジュナーチャクラがある眉間のあたりで、そこはかとなく感じると見えるの境界領域で認識するようになるのだ。

コロボックル・・・。

精霊・・・。

自然のスピリット・・・。

 

チミケップ湖から津別の町への林道も長かった。今日の宿は、津別の21世紀の森キャンプ場だ。だだっ広いキャンプ場だが、人っ子一人いない。銭湯に入りに町に出てみたがあいにくの休み。

この街で、しばし道ゆく人に話を聞いたりしてフィールドワークを行う。それからテントに帰り、ビールを飲み、農家の方にいただいた葱を刻んでコッヘルのラーメンにぶち込み特上ネギラーメンの出来上がり。

DAY7:翌日の美幌の馬鈴薯畑は白い芋の花が満開。

満開の花の香りが甘い。

静かに、静かに、白くて甘い風景の中を走る。

空の青、馬鈴薯の花の白、森の緑。

単純明快にして清楚な情景のなかは、シンプルに走るに限る。

Hironobu Matsushita's photo.

(美幌の馬鈴薯畑)

 

Photo: コタンの無料露天風呂から屈斜路湖へと泳ぎだす。昨日は湖畔でキャンプ。淡い夕日が湖面に眩いばかり。

(屈斜路湖砂湯)

 屈斜路は毎回通り過ぎるだけだったが、今年は湖畔でテン泊することに。湖畔には温泉が湧いている。綺麗な夕日を見ながらコンロでラーメンを調理。

自転車はいくつかの点で理想的な運動だ。

まず第1に、理想的な有酸素運動であるということ。大量の酸素を長時間に渡って摂取し体内に循環させ、大量の熱量を消費する。

第2に、山歩きやランニングとは異なり、膝や踝に対して瞬間的に大きな負荷を受けることが少ない。つまり、テクニックさえ覚えれば故障しにくい運動なのである。

第3に、リズミカルなペダリングと呼吸によって、意識はハイな状態になる。すなわち、βエンドルフィンなど脳内の神経伝達物質の分泌が盛んになり、よりマインドフルになり変性意識がもたらされるのである。これにより、高揚感、多幸感、変性意識の活性化、モチベーションアップ、集中力アップなどがもたらされるのだ。

(美幌峠)

いつ来てもこの伸びやかな風景はいいものだ。

DAY8:8日目。屈斜路湖から、小清水峠、さらに、その上の藻琴山直下の標高750mほどの峠を越えてガンガン下ってゆくとオホーツクの青い海原が目に沁みる。

 やがて道は網走へと。

 なにはともわれ、800km走り終えた。

 

Photo: 1週間800km、全日テント泊網走駅到着、ゴール達成!札幌へ移動そして講義。よく走ったなあ。ギアチェンジだ。

(ゴールの網走駅)

網走では、印旛沼サイクリングロードでちょくちょくご一緒しているサイクリストO橋さんとうれしい再会を果たした。

O橋さんはサイクリストだ。たしか会社勤めをしながら40歳の後半くらいから本格的にサイクリングを初め、定年退職後も一貫して夏は北海道自転車ツーリングという御仁。

昨年アキレス腱断裂から見事に復帰し、今回2年ぶりの北海道だ。O橋さんとは自転車のかえっこをしたり、古い部品をいただいたりと常日頃大変お世話になっている。

 

Hironobu Matsushita's photo.

(網走のライダーハウスランプの宿にて)

自転車に乗れないサイクリストの哀しみは、イタいほどわかるのだ。そして、自転車で自由自在に北海道を走るサイクリストの歓びも、同様にイタいほど分かるのだ。

O橋さんは、日本海側の留萌からスタートし宗谷岬を経て、オホーツク海を左に見ながら、延々と走り続け、網走へと。ぼくは先にも書いたように、宗谷岬と反対側の襟裳岬を経て、十勝平野を突っ切り、大雪の山を越えて網走へと辿り着いた。

友あり、遠方より来る。

じゃなくて、

友あり、遠方で邂逅す。

酒を酌み交わし、お互いのルート、経験したこと、たわいもないことをひたすら語り合う。お互い数百キロを走ってきて、予定された時刻に、予定された場所で合流するというのは、なかなかできるものではない。

まさに僥倖だ。

この日は、ささやかながらこの旅最高の贅沢をした。

「ランプの宿」という屋根の下の畳じきのライダーハウスにと泊まったのだ。

素泊まりで800円!

たった800円のオンボロのランダーハウスだけと、テントと寝袋だけで一週間走ってきた身にとっては贅沢。

こちら側のボトムラインの貧乏アウトドア生活を続けていると、あちら側=都市生活に帰ってから、すべてもモノゴトがとほうもない贅沢になってしまう。

「幸せってなんなんでしょうね?」

「自転車に乗って旅することでしょうかね」

「同感。自転車のない人生なんかありえない」

「でもぼくら、自転車を離れて街にも棲まなきゃならんわね」

「そういう時は、自転車の感覚で棲めばいいんだよな」

「というと?」

「自転車に乗っていると、幸せの閾値がどんどん低くなってくる。その感覚で街に棲めばいいんだよね」

・・・電車に乗る。

・・・友人たちと飲みに行く。

・・・家族で食卓を囲む。

・・・静かな書斎で本を読む。

・・・好きな文章を紡ぐ。

・・・冷蔵庫の製氷室から氷を取り出しアイスコーヒーにしてを飲む。

本当になにげないことだが、これらはすべて本来このうえもない贅沢なのだ。ただし、都市文明の恩恵に無自覚的に浴していると、この贅沢さが分からなくなってしまう。

そこで、貧乏旅行をやって、幸せの閾値を下げてあげれば、都市での日常生活がいかに幸せの可能性に満ち満ちたものかが分かるというのだ。

なるほど。

たしかに、幸福とはとりとめもなく、主観的なものだ。でも、人は幸福になりたいがゆえに、いろんなモノコトを求める。求めるのをやめて、力を抜いて、求めなくする。その代わり、自分なりのハピネスの種を身の回りのちっちゃなモノゴトの中に見つけてゆく・・・。

ようは、自分の「意識のスペクトラム」を拡げて、マインドフルになってゆくのも、遠回りのようでけっこう幸せ感覚が近くなる。

この行きかたはある意味断食にも繋がってくる。

贅沢からいったん離れて、貧乏なアウトドア生活しながらマインドフルになってみる。そしてそのマインドフルな状況で真の贅沢を知る。そこを媒介するのが自転車貧乏旅行なのかもしれないね。

O橋さんと話をしていると、こんな話によくなるのだ。

***

さて、自転車を離れて、これから再順応してゆく都市生活。

都市での職業生活に還ってからも贅沢を忘れずにそれなりにサバイブしなければ・・・汗)。

こんなことをツラツラ考えながら、自転車を網走のライダーハウス「ランプの宿」にデポして札幌まで電車で移動して札幌の大学で授業をしたのであった。