カナダでアウトドア

カテゴリー : ランニング

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 仕事で3週間ほどカナダのオンタリオ州にあるSt. Catherinesという小さな街にあるBrock Universityに滞在した。10数名の学生を連れてのカナダ短期留学プログラムを実施するためだ。

臨床英語、医療機関でのフィールド調査、各種アクティビティなど盛りだくさんの内容。朝から夕方までビッシリの内容だ。一日の日程が終わって学生を各ホームステイ先まで見送るの午後11時過ぎという日もあり、けっこうな超過勤務の日々だった。

さいわい、8月にもかかわらず暑い日はほとんどなく、朝夕は寒いくらい。湿度が低く爽やかな天候だ。なので、カナダに滞在する3週間は、なにがあっても、毎朝、そしてできれば夕方もジョギングを続けた。朝は5kmほど走ってから、近くのTim Hortonsというコーヒーショップに駆け込んで、コーヒーとクロワッサン。それから大学へ。

ある週末オンタリオ湖への往復で25kmほどの距離を走っている時、大学の幹部の女性が僕を見かけたという。その年に2回フルマラソンを完走しているランナー女史がわざわざ僕を大学で探し出してくれて、「いっしょに走りましょうよ」と嬉しいお誘いを受けた。ああだこうだ、お互いの話をしているうちに、ランニングもさることながら、ハイキングをしようということになった。

この街には美しい自然が拡がっている。湖沼や森林地帯にはBruce Trailという地道のトレールが延々と500kmも続いているのだ。その一部をいろいろ四方山話をしながら、歩く、歩く。その後、彼女のパートナー氏を交えて、地ビールを楽しみながらワイワイ、ガヤガヤ。そのパートナー氏というのが、年季の入ったサイクリストでビンテージパーツにも造詣が深く、Brooksの皮サドルやshimanoのディレラーの話など、これまた偏向したマニアックな方向に話が展開。

ランニング、ジョギング、自転車ツーリングはそれに注力する人の心肺機能や運動能力を強化してくれるのみならず、人を取り囲む交友の幅を各段に拡げてくれるのだ。個人のパワーアップにも良いし、人と人をとりむすぶ関係性の滋養にも良いのだ。

ランニング、ジョギング、自転車ツーリングは、個人の鍛錬、パワーアップにも効くし、個人のぐるりの関係性の涵養にも案外じわっと効くのだ。あたりまえといえば、あたりまえか。

朝夕のジョギングの件

カテゴリー : ランニング

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長距離サイクリングやヒルクライムに対応する体力を強化(うーむ、体力温存、あるいは衰退防止かも)のため、梅雨の季節になる前に朝夕はジョギングをするようにしている。

主目的はライフワークの自転車ツーリングによる「人生の可動域」を拡げるためだ。日頃から心肺機能を鍛錬していると、走りに出てからの「粘り」、特に1500m以上の峠道や、午後3時過ぎ走行距離120kmを越えたあたりからあと30km走る時に「粘り」が出るのだ。

この粘る力はけっこう大事かつ有効だ。だからジョギングは馬鹿にできない。いや、日頃からせっせと道を踏んで足腰と「粘り」のイメージを潜在意識の中に溜め込んでおくと効くのだ。

さて、ジョギングと掛け合わせると、効果が各段に増す合わせ技がある。それは断食だ。断食とジョギング組み合わるとかなり効いてくるのだ。ジョギングを終えてシャワーをばーと浴びて、執筆にはいると仕事がはかどること、はかどること。

おそらくは①有酸素運動で脳内を循環する血液が増えてアタマにもいい影響を及ぼす。②細胞内のミトコンドリアの量が増える。③炭水化物→糖→エネルギーというルート以外に、脂肪→ケトン体→エネルギーというルートが活発になる。

ミトコンドリアを増やすには、「空腹」が重要だ。飽食しすぎると、ミトコンドリアは、栄養が体に行き渡っているため、怠け始める。ミトコンドリアが怠け始めると、体に入ってくる糖や脂肪はエネルギーに変換され難くなってしまう。つまり肥満になるのだ。ミトコンドリアは、エネルギーが不足している時や、もっとエネルギーの需要が必要な時に増殖するという性質を持っている。

断食を行なっているときに緩い有酸素運動をすることによって「ケトン体」を主要エネルギー源とする体内環境が重なり、ケトン体が持つ「抗炎症作用」が相乗的に効き始め、身体の中で発生している炎症を抑制することにもなる。

つまり、適度に「空腹」な時に、緩めのジョギングなど有酸素運動をすると、それが刺激となって体は、せっせとエネルギーを作らなければと認識してミトコンドリアを増やし、エネルギーを作ろうとするし、細胞レベルの炎症(万病のもと)を抑制することにもなるということ。

これはミトコンドリア研究の知見としても多数のエビデンスをもって認められていることだ。それやこれやで、ジョギングは「人生の可動域」を拡げるための実践的な準備運動なのだと思う。

ハーフマラソンを初めて走った話

カテゴリー : ランニング

ハーフマラソン大会(2013千葉県民マラソン大会)に初めて出て走ってきた。

老若男女が号砲とともにいっせいに走りだし、だんだんと一本の帯みたいになってゴールを目指す。その長い帯の中の、ほんの一粒になってひたすら走ってきた。感動的な体験だった。

3カ月くらい前この大会をめざして練習(というか練習に毛が生えた程度のランニング)を開始し、facebookのほうで、いろいろその道の先輩や先達から教えてもらいながら練習をしてきたのだが、たった一人でシコシコ走るのと大勢のなかの一人として走るのとでは、まったく違うことに、遅ればせながら気がついた。

譬えて言えば、1人の練習は(褻)のようなものだ。日常の中で仕事や雑事をヤリクリして練習のための時間、空間をつくり、ジワッと体をつくってゆく。けっこう孤独な作業なのだ。そしてないより地味だ。

いっぽうマラソン大会は、ハレ(晴れ、霽れ)のようなものだ。勢いのいい音楽がジャンジャンとスタート地点の体育館のまわりに充満し、広場には屋台、出店が所狭しと連なる。そう、お祭りなのだ。まわりのランナーは、みんな溌剌としているし、高揚感でいっぱいだ。

(この日のいでたち)

スタート地点で、ちょっと雑談をしたあるランナーは、だから今日は「晴れ着」を着ていたと言っていた。頭の上のランニングキャップからつま先のランニングシューズ(オーダーメード)まで総額50万円以上かかっていると言っていた。スゴイなぁ。。たしかに、晴れの祭りの場で身につける服のことを柳田国男は「晴れ着」だと言っている。

さて、ハレのお祭りでは、なにに絶対的な価値を見出し、なにを祝祭の対象とし、なにを祝い、なにに感謝するのか?走るという神聖な所作によって聖別されるものはなんなのか?

(参加者にはたくさんのおみあげが)

その、おおきなひとつは、みんなといっしょに走ること、走ることができるくらいに健康になること(becoming healthy)と、健康であること(being healthy)ではないのか。ケの練習によって健康レベルを維持、増強し、ハレの大会で、みんなでわーーっと走り、健康レベルを「記録」によって共認してゆく。

ということで、走りへのモチベーションおおいにアップ!と同時につぎは、自転車のほうでも、センチュリーライドや長距離ランドナーイベントに参加することも画策中。

 

嗚呼、ランニング

カテゴリー : ランニング

このところ、けっこうランニングにハマりつつある。

じつは、こないだ早稲田駅伝というイベントが国立競技場であった。土曜日に仕事がはいっていなければ、みんなといっしょにタスキをかけて走っていたところなんだが、そうもいかず、応援にまわったのだ。トホホ。

でも、同じクラブの先輩や同僚がタスキを繋いで国立競技場を疾走する雄姿を見て、ちょっとばかりハートに火がついたのだ。来年は土曜日の大学の仕事はやめて、この駅伝にも出たいし、ハーフマラソン(フルマラソン?)、北海道自転車ツーリング、海外自転車ツーリング、北アルプス登山、シーカヤックなど、相乗効果を狙っていろいろチャレンジしてみたい。

とまれ、ランニングのほうも、自転車ツーリングで鍛えているせいか、けっこう距離が伸びつつある。

サイクリングの脚の挙動は回転運動なので、基本的には関節にさほど負担をかけず、かつ、ボディーに伝わるショックも自転車というマシンが吸収してくれるので、マン・マシンシステムとしての走りかたをマスターすれば、実は楽な乗り物だ。

<ランニングが大好きな友人から勧められた本>

それにくらべ、ランニングは、着地して、脚で大地を蹴り込み、腕や体幹などでバランスをとりつつ、腰を高い位置で前へ移動させる・・・などなど、とにかく直に体に伝わるショックは自転車の比じゃない。そのショックをいかに和らげて、距離とスピードを伸ばすのか?わからないことばかりだ。

でも、わからないことばかりの世界へ、前を向いて入りこんでゆく・・・・。そんなシンプルな楽しみがランニングにはあるんだろう。