近畿中央病院での講演@サンシティパレス塚口

カテゴリー : ものつくり

ちょっと前の話(2012年3月17日)になるが、近畿中央病院から招待講演に呼ばれた。その近畿中央病院は、すぐ至近にある高額所得者(ストック面)向け介護付き有料老人ホームのサンパレス塚口と、「医介連携」を行っている。その流れで、近畿中央病院での僕の講演がサンパレス塚口で行われたのだ。

格差が拡大しつつある社会において、ストック、フロー両面で裕福な階層にターゲットを絞り込んだ介護付き有料老人ホームである。入居者には、関西財界で名の知れた企業の元社長、役員が多いという。

設計はすべてアメリカのランドスケープアーキテくトを起用し、日本にゴマンとある介護付き有料老人ホーム特有の無機質なクササを排除し、高級ホテルのアメニティを彷彿とさせるシックでエレガントな雰囲気に満ちている。壁、窓、調度品、庭にいたるまで、一貫性のあるケアリング・コンセプトで、デザインされている。

講演会の前の晩と翌日の朝食は、サンパレス関塚の運営会社ハーフ・センチュリー・モアの社長、金沢有知さんとご一緒した。有知さんは金沢富夫氏の息子さんで、その昔、アメリカに渡る前、僕は金沢富夫氏が経営していた会社に勤めていたことがある。

そんなことから、温故知新となったのだ。

さて、入居者は、孤独になりがちだという。いかに、信頼、相互扶助、絆といったソーシャル・キャピタルを入居者間、そして入居者の従業員のネットワークの中に共創(co-create)していくのかが今後の課題だと伺った。そのために、CRM(カスタマー・リレイションシップ・マネジメント)システムなどを導入して、従業員の間で、個々の入居者の生活ログなどを共有してキメ細かなサービス開発の途上にあるそうだ。

高齢化が急速に進む一方、格差も拡大している日本。ここに入居している方々は、そんななかで、なんとかシノギきり、潤沢なストックを活用して、人生の折り返し地点から後半のライフスタイルを良きものにしたいと願う階層が中心だ。

サンパレス塚口は、そのようなニーズに対してのサービス・オファーリングである。

介護と、まちづくり、地域開発は、従来、まったく個別に行われてきたが、ハーフ・センチュリー・モアの取り組みは、なるほど、自由市場における民間イニシアチブによる、それらの統合という面がある。介護サービスのトップニッチ市場での、ひとつのケアサービスイノベーションの試みなのだ。

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ここでのケア・サービス・イノベーションの姿をちょっと一般化してみると:

ケアシステム=(モノ、コト)

Care System = ( Creating thinghood,  Caring relation )

where,

モノ→ハードウェア→ ケアリング・デザイン&アメニティ・デザイン

 (建物、屋内外施設、部屋、風呂、廊下、中庭、ガーデン、図書室、レストラン、ティールーム、などなど・・)

※ケアシステム実現のためのモノツクリの課題

コト→関係性:ソーシャル・キャピタル→ ヒューマン・サービス・デザイン&ケア共創のための関係性マネジメント

 (入居者間関係、入居者従業員間関係、地域の医療機関間関係・・・・)

※ケアシステム実現のためのコトツクリ=関係性つくりの課題

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・・・のようになるのではないか?

いずれにせよ、古い記憶がよみがえり、新しいモノゴトのシャワーに触れたような、とても印象深い講演だった。

 

院内起業家だらけのワクワク府中病院

カテゴリー : アントレプレナーシップ

(2012/02/03 医療サービスマネジメント調査でインタビュー)

病院っていうのは、ワクワクするような所ではない。医療崩壊が喧伝される昨今、そこで働く医療スタッフも疲れ気味だ。でも、生長会府中病院のスタッフはとてもイキイキしている。それが一歩この病院に足を踏み入れた時の第一印象。

それもそのはず、5000万円もの大金をかけて、スタッフがツアーを組んでフロリダのDisney Landまで行って、カスタマーサービス、サービスシステム、サービスの進化のさせ方、コミュニケーションなどを実地に学んだそうだ。(いいなあ)

現場がエンパワーし、ワクワクしている。そのカギは、TQM(Total Quality Management活動)のシステムのかませ方だ。TQMが院内起業家(In hospital entrepreneur)の孵化器のようなハタラキをしている。そして、ワクワク人材が、ヤラサレ感覚なく成果を着実に出している。

<出所:府中病院資料>

この病院には、「サービスクリエーションプロジェクト」(Service Creation Project)なるものが動いており、人材→ソフト→職員部門、建物→ハード→環境部門、業務→プロセス→業務部門、顧客→アウトカム→顧客部門というように大きく分けて、教育チーム、表彰チーム、美化チーム、QC推進チームが活動している。2001年から開始し、2010年には112ものQCサークルが活発に蠢いている。

①抗ガン剤に関わる業務統一化、②産科外来のシステム変更(助産師のスキルアップ→医師と助産師の交互診察システム→助産師外来2診体制)③Drug information業務の標準化など、ボトムアップ、ミドルアップ、トップダウンの上下循環運動、せめぎ合い運動で成果を生んでいる。成果を出すために動いてみる→試行錯誤する→改善する→成果が出る→成果を計測しフィードバック→新たなテーマアップ、というサイクル。

<出所:府中病院資料>

カサカサに形骸化した目標カンリではなく、むしろ、サービス・アクション・リサーチサイクル(service action research cycle)が、5S、TQM、目標管理というツール系のプラットフォームの上で躍動している。

大半の医療機関では、5S、TQM、目標管理などに取り組みながらも、いわゆる「上からのお仕着せ」感覚、「ヤラサレ感覚」で動いているので、アクションリサーチのサイクルが回っていない。

もっとも、医療機関はサービス組織なので、バリューチェンはものつくり製造業のように長くはなく短い。なので、異なった職種間や部門間のダイナミックなネットワーク(dynamic networks of interactions)ができれば、カイゼンはそんなに難しくない。難しいのは、融通無碍なごちゃまぜネットワークを組成させることだ。

組成させるって書いてしまったが、実は、組成させるんじゃなく、自然に組成させる・・・つまり、自己組織性原理をいかにイキイキ発動させるのかがキーポイントだ。このようにして、府中病院は、既存のマネジメントツールをみんなで使いこんで、複雑対応的組織として進化している。

病院というサービス組織を複雑対応的組織に進化させてゆくためのヒントに充満している。

 

 

アメーバになった病院

カテゴリー : ケア

(2012/2/03医療サービスマネジメント調査のためインタビュー)

まさか、病院という建物がアメーバのように半透明になったわけではない。

松下記念病院は、京セラ式の「アメーバ経営」を独自に医療機関向けにカスタマイズした手法をフル活用することで、おおいに成果を上げている。山根哲郎病院長の柔軟なリーダーシップに負うところが多いと思う。

さて、失礼を承知で言えば、病院には多くの「伏魔殿」があるが、その一つが「看護部」という組織だ。「看護部」は、通常、直接サービスを発生させる部署ではなく、入院、外来、オペ室などが行っている直接的な看護サービスに対して、人事、総務、教育、システム支援、調整、目標管理、イノベーションへの対応支援などのサービス・オン・サービス(service on service)を行っているサービス管理のための部門だ。

その業務の本質は、病院経営全体へのサービスを行う管理部門(昔は事務部ということが多かった)と同型である。

山根病院長は、その本質に気づき、「看護部」を事務部門へ統合した。ただし、本質に気がついただけでは、ここまでの変革はできないだろう。大方の「看護部門」は、「事務部門に統合~~」と聞いた瞬間に拒否・拒絶反応を示すのは目に見えている。

スタッフの時間あたりの生産性の見える化がカギだ。

収入、経費、時間の3要素で時間当たりの付加価値を計測して、見える化すると、そのプロセスで、各スタッフや部門が、自律的に時間当たりの付加価値を高めるように、整理・整頓・清掃・清潔・躾などの改善活動に積極的に取り組むようになったという。

その結果、直接的に収益を生み出さない「看護部」の性格と問題が明らかになった。そして、多くの議論の末、「看護部門」は「事務部門」に統合された。

こう書いてしまうと簡単なようだが、その変革を可能にしたのは、精神論、使命感、ヤル気といった抽象的なものではない。ツールつまりメソドロジー(方法論)である。

マネジメント、経営には適切なツール(メソドロジー)が必要で、それによって得られたデータを共有することによって、やりとりのダイナミックなネットワーク(dynamic networks of interactions)、ひいては自律的な医療チームが自己組織的に生まれ、組織変革に結びついてゆくのである。松下記念病院の場合は、そのためのツール(メソドロジー)が京セラ式の「アメーバ経営」だ。

組織の基本=5Sという組織と仕事の基本となるカイゼン志向のワザ(メソドロジー)と、マネジメントを刷新していくイノベーション志向のワザ(メソドロジー)=京セラ式の「アメーバ経営」を融合させたという点で、大変参考になると思う。

換言すれば、ワザありとワザありの掛け算で、一本だ。日本のような複雑な医療環境を持つ先進国で、複雑適応的システム(complex adaptive system)へと変革してゆくためには、合わせ技が必要だ。

複雑適応的なメンタルモデルを持つリーダーが、自己組織性を着火させるようなモノゴトを、そっと組織のなかに仕込み入れ、いろんなエージェントを巻きこんで、組織変革をやらせてしまうという組織デザイン思考(organizational design thinking)が必要だ。

日本の医療機関で複雑適応的システム(complex adaptive system)を体現している組織を調べることは興味深い。

入門から応用へ 行動科学の展開―人的資源の活用

カテゴリー : No book, no life.

以前アマゾンに書いておいた書評をコピペ。

<以下貼り付け>

この本のスタンスは人的資源の管理ではなく活用。日本では”One Minute Manager”などで有名だが、この本ははるかに学術的でかつ網羅的。

ブランチャード先生はコーネル大学で熱弁をふるっていた。留学しているときは、リーディング・アサインメントとして英語バージョンをわずか1週間で読まされ悶絶したことも懐かしい思い出だ。こうして日本語で読めるのは幸せだと思う。

人的資源は行動を通して成果が生み出されるわけなので、表題のように「人的資源の活用」となっている。

最新の日本語版は、さらに充実。マズロー、マグレガー、アージリス、マクレランド、シャインなど、基本セオリーやモデルをキチンと説明。全体を通読することによって、行動科学の資源からHuman Resources Managementを俯瞰できるようになっている。

最後の方のSituational Leadership(SL理論)の増補版にはさすがに力が入っている。本書の核心部分であり、SL理論が拡張されて他の理論との融合が図られているのは、今だに、この理論が実務の世界で根強い支持を得ている証だと思われる。

ここまでを筆者らに求めるのは酷かもしれないが、行動科学に隣接する認知科学や脳科学の側面からHRMに対する洞察があれば、なお増補版としての価値が増しただろう。その意味で★がひとつ欠ける。ただし、人的資源管理論の入門書、副読本としては完成度が高いのには変わりはない。

<以上貼り付け>

 

第18講:日本的経営あるいはジェームズ・アベグレン博士との対話

カテゴリー : アメリカ

 日本的経営が揺らいでいる。半世紀にもわたり日本的経営について観察、助言、論評してきたジェームズ・アベグレン氏との邂逅(かいこう)を下敷きにして、日本的経営にかかわる問題を考えてみたい。日本的経営を支えてきた人事制度とその運用に焦点を絞り込む。

 

 異邦人の観察眼は、しばしば当地で生まれ育った人間では気がつかないような本質を射抜くことがある。特に社会的現象については、社会に暗黙裡に飲み込ま れずに、相対化して分析することができるからだ。その意味で日本の経営事象を「日本的経営」としていち早く分析・記述して、世界へ伝達したジェームズ・ア ベグレン博士の功績は大きい。

 ウィキペディアによると、『ジェームズ・アベグレン(James C. Abegglen、1926年 – 2007年5月2日)は、アメリカの経営学者、経済学者。日本企業の経営手法を「日本的経営」として分析し、戦後の日本の企業の発展の源泉が、「終身雇 用」「年功序列」「企業内組合」にあることをつきとめた。また、「終身雇用」という言葉の生みの親として知られる』と紹介されている。

 だが実は、アベグレンは自ら進んで「終身雇用」(Life-time employment)という用語を用いていたわけではなく、「終身の関係」(Life-time commitment)という用語を使っていたことはあまり知られていない。終身において雇用が誰にでも適用される(つまり誰も失業しない)という「終身 雇用」の制度は存在し得ないが、通俗説として一人歩きしてしまったのだ。

 アベグレンの「終身の関係」(Life-time commitment)というとらえ方は、複雑な社会的現象を説明するための概念であり、社会科学で用いられる理念型(イディアルタイプ)のようなものだ。

 また上記では「アメリカの経営学者」としているが、博士は1997年に日本国籍を取得しているので、正確には「アメリカ生まれでその後日本人となった経営学者」とでも書くべきだろう。なぜ、細部にこだわるのかといえば、生前の博士と筆者は交流があったからだ。

 アベグレンの日本企業研究は、日本的経営の究極的特徴を労使関係、あるいは人的資源管理にあると見立てた経営学者の占部都美(うらべ くによし)によっても注目され、その後の日本人による日本人のための「日本的経営」研究とその実践に先鞭をつけることになった。アベグレンなかりせば、世 界的文脈での「日本的経営」は無きにも等しかったのである。

 

日本的経営は欧米の経営に収斂するのか

 日本的経営論には2つの大きく異なった立場がある。収斂(しゅうれん)説と非収斂説である。収斂説に立てば、工業化と都市化が進むことによって日本社会 も欧米的な社会のパターンに収斂していき、日本的経営はその特殊性を次第に失って欧米的な経営管理制度に変化していくとする。その一方で非収斂説は、工業 化によって同じ近代的な生産技術が導入されても、それは必ずしもその国の伝統的な社会や文化を変革するものではなく、その国の社会や文化に適合した独自の 経営管理制度を生み出すものであり、それらが有効に働くとする立場である(占部 1978)。

 アベグレンは非収斂説の立場で一貫している。「いかなる社会においても、経営組織が効果的であるためには、(その社会の根底にある価値基準や人間関係の パターンと)整合しなければならないということは自明の理である」として、以来、2004年に出版した「新・日本の経営」の中でもこの立場は一貫してブレ がない。

 「社会の根底にある価値基準や人間関係のパターン」については、この連載でも歴史や宗教について書き連ねてきたように、明らかに欧米と日本の間には相違がある。その違いを腹に落とさなければ、日本的経営の奥底を諜知することはできないだろう。

 第15講:どうした?勤勉の倫理と日本的資本主義の精神までの連載でも描写したように、日本社会の根底にある価値基準は、神と人間が循環する多神、多層、多元的なメンタリティーとして、雑多な宗教が折り重なるように習合してできた、特殊な心象基盤の上に作られていった。

 そこでは、「みんな一緒にがんばる」「みんなで分けあう」「世間さまに恥ずかしくないようにする」といった人間関係のパターンとともに、「お天道様が見 ている」「働くことは当たり前」「ご先祖さまのおかげ」「神様、仏様を畏れ敬う」「足るを知る」といった価値基準が暗黙的に共有されてきた。人格的一神教 の影響が微弱だった日本では、人間の上に神はいないし、人間の下に奴隷もいない。ましてや神と人間との契約もない。どこまでも人間が中心にいる人間関係の パターンなのだ。

 日本的経営のあり方は、このような日本社会の根底にある価値基準や人間関係のパターンに多くを負っている。と同時に、それらの価値基準や人間関係のパターンを維持する社会的な装置が日本的経営をいただく日本企業でもある。

 アベグレンの言説を借りれば、日本企業と従業員の関係は、このような価値基準や人間関係パターンを包含する「社会契約」を基礎として出来上がっている。 そして、これが日本的経営の骨格をも作り上げた。ゆえに日本企業は、特定の成果を生み出すことを至上目的とする機能体ではない。自らの存続を目的とし、組 織構成員の価値基準や人間関係パターンを維持するための共同体、という性格が色濃い。

 アベグレンも指摘するように、欧米、特にアングロサクソン系の研究者や経営実務家は世界各国の制度が「収斂」すると論じることが多い。日本では「収斂」というと各国の制度が中間領域のどこかに近づくようなイメージで語られることが多いが、これはナイーブな認識だ。

 そうではなく「収斂」というのは、正しく適切とされる「英米型の制度に近づくこと」を意味する。よって「各国の違いは解消されなければならず、日本の雇 用制度と経営手法が英米型に変化する、あるいは変化させられて近づくことによって解消されてゆくはずだ、そうあるべきだ」というのが「収斂論」である。い わゆる「グローバライゼーション」も「収斂論」の系譜に立った見方である。経営収斂説が欧米において支配的なことの背景には、絶対的な唯一神の教義を頂く 世俗世界の経営という現象さえも収斂させていこうという、ある種の脅迫的な観念を見過ごすわけにはいかないだろう。

 余談だが、現実の世界には頑迷強固な価値判断としての「収斂論」も存在する。新会社法、改正独禁法、郵政民営化法などの「改革」を「要望」した『年次改革要望書』も、その根底には操作主義的な「収斂論」が息づいていることを知るべきである。

 

共同体としての「カイシャ」

 さて価値基準や人間関係のパターンは、人事制度とその運用によって顕著に現われる。すなわち、とかく抽象論に終始しやすい日本的経営論を現場目線で議論をするためには、人事制度の変化を見る必要がある。

 「終身の関係」を労使で共有する人事制度は、あくまで正規従業員が中心である。正規雇用者数は、1997年をピークに減少している。そのため、雇用者全 体に占める非正規雇用者(パート、アルバイト、契約社員、派遣社員など、期間を定めた短期契約で雇われる職員)の比率は1995年以降高まり、非正規化の 急激な進展という結果をもたらした。非正規雇用者数は1995年に1000万人を超え、2006年には1707万人となり、「役員を除く雇用者」の中で 33%を占めている。

 私見によると、戦後の日本企業の人事制度は下の図のようにおおむね20年サイクルで大きな変化を遂げてきている。筆者はこれを「人事制度20年周期変化説」と呼んでいる。

人事制度20年周期変化説
図●人事制度20年周期変化説

 

 日本的経営を支えてきた日本的人事制度は過去に、年功主義、職能主義、成果主義(meritocracy)と変遷してきている。この変化を追跡することによって日本的経営の変化をとらえることができる。

 ちなみに2010年代には4つの「?」マークを入れてある。「?」はいったいどうなるのか、という疑問を留めながら続きを読んでいただきたい。

 

生活保障:1950年代からの20年

 この時代、米国のモノづくり技術を積極的に導入して、第二次世界大戦の敗戦の焦土から日本は復興しつつあった。新産業が勃興して企業は組織的な拡大にま い進した。機能体の衣をまといつつ国民の生活を保障する共同体として企業が登場したのだ。この時代の人事理念は「生活保障」に尽きた。

 役職が最も目に見えるステータスだった。拡大基調にある組織では、係長、課長、部長、役員というようにタテ方向に上がっていける機会は多く、単純な職階制度がとられた。「社員は仲間。善き仲間に厳密な評価は不要」と考えられ、暗黙的な人柄、人格、年功評価が中心だった。

 賃金も年功給がベースとなり、その上に役職給が乗るという構造が中心だった。ベースアップは、賃金表の書き換えと定期昇給によるものだった。イケイケドンドンの時代、人事制度は単純なものだった。

 「一社懸命」に働けば、役職も得ることができる。そして会社は社員という仲間の輪を拡大し、囲い込んでいった。独身寮、世帯寮にはじまり、厚生年金、失業保険など企業が負担する福利厚生や社会保障の提供が普及した。

 一方、農村共同体が崩壊し、企業に雇用される都市住民が急増していった。こうして企業は、機能体でありながらも代替的な共同体(Gemeinde)とし て発展していったのである。そこでは、善き仲間の一員でいること、その仲間から仲間とみなされることが、なにより重要なことだった。いわゆる同調圧力がう まく機能したのだ。

 この時代の人事制度の分析・記述は、日本の組織を相対化して観察することができる外国人の視点が中心だった。その代表格がアベグレンである。こうして 「終身の関係」(Life-time commitment)、年功賃金(Seniority-based wages)、定期雇用(Periodic hiring)、企業内訓練(In-company training)、企業内組合(Enterprise union)などの理念型が立てられた。

 

年功能力主義:1970年代からの20年

 1970年代からの20年間は、オイルショックなどを契機として拡大基調に陰りもあったが、この時代を通してモノづくり企業は躍進した。1980年以降 は、雇用者に占める非正規雇用者の比率が上昇を続けている。このような時代に正規雇用向けに登場してきたのが、「職能資格制度」である。

 職能資格制度は日本ならではのユニークな制度だ。職能資格制度とは、従業員の職務遂行能力(略して「職能」)の程度に応じて会社や会社グループの閉じた空間にのみ有効な「資格」を付与する制度である。

 1970年代を中心にして企業社会に流行し、一部上場企業のうち9割くらいが、この制度を運用しているといわれる。「年功的な人事を見直し、能力基準の 人材登用を可能にする」「役職にとらわれることなく、人の能力を基準にして処遇する」「人を重視する人本主義の具体的な制度への反映」などという言説が流 行ったものだ。

 一言でいえば、過去の主流すなわち職階・年功主義に対するアンチテーゼとして登場し、普及してきたのが職能資格制度だ。しかし運用を経て、年功運用的色彩が織り込まれ、年功資格制度になってしまった。その背景をまとめると、次のようになる。

 

  • 社内職能資格には標準滞留年数がある。能力が急進すれば職能資格も急上昇するはずだが、社内職能資格は急上昇しない。逆に能力が劣化しても、職能資格が落ちることはまずない。
  • 人事評価は、職務遂行能力に対して公正になされることが期待されたが、職場では明確な優劣をつけることがはばかられる。評価における中心化傾向(評価結果が評価スケールの中間付近に集中してしまう傾向)が顕著となった。
  • 職能資格の付与は年功的になる。そして職能資格にリンクしている職能給は、結果として年功給になっていった。

 こうして役職によるモチベーションはかなわなくとも、職能資格の付与とモチベーション維持策が行われるようになったのだ。長期安定雇用を前提にした共同体の仲間感覚の維持は、まだまだこの時代の大きなテーマだった。

 この時代には職能資格制度の理論家として楠田丘や弥富拓海、弥富賢之などの活躍をみる。また経営学の領域で日本的人事が研究対象とされるようになった。 以上の第1期(1950年代~)、第2期(1970年代~)を通して、日本的に特殊な制度が普及したこともあり、日本的経営の「非収斂説」が幅を利かせ た。

 

成果主義:1990年代からの20年

 1990年代からのグローバライゼーションが昂進した時代、それまでの共同体としての企業組織に「成果主義」すなわち機能体の原理が持ち込まれるようになった。その背後にあるのは新古典派経済学であり、それらによって理論武装した市場主義だった。

 企業を成り立たせるシステムとして人事制度は反応性が鈍く、変化するのは遅い。しかしながら、この時代は収斂圧力が強く顕れ、多くの企業が人事制度の改 革に着手している。外需依存型のグローバル企業はおおむね海外人事を成果主義に対応させ、その流れを日本に持ち込み、本丸の人事制度を「成果主義」的に変 更するような手法をとった。

 この時代には、バブル期(1986~1991年)に抱え込んだ「設備、債務、雇用」という3つの過剰を解消するリストラが一般的になった。先に述べたよ うに、正規雇用者数は1997年をピークに減少している。雇用者全体に占める非正規雇用者の比率は1995年以降さらに高まり、非正規化の急激な進展とい う結果をもたらした。

 非正規雇用者数は1995年に1000万人を超え、2006年には1707万人となり、「役員を除く雇用者」の中で33%を占めている。ちなみに女性の 場合は53%である。これらの非正規雇用者は多くの場合、外縁から日本的経営を支えながらも、日本的経営がもたらす直接的なメリットからは疎外されるとい うアンビバレントな位置にいる。

 グローバル経済とのインタフェースが大きな企業ほど、必然的に成果主義の要素を人事制度にも取り込むことになっていった。第1期、第2期は共同体の原理 が中心だったが、この時代の中心概念は機能体の原理だったためである。こうして、日本的経営は異質な非日本的要素と初めて向き合い、対峙することになった のだ。

 そもそも成果を計量的に測定するためには、「職務(Job)」の内容が確定している必要がある。だが、共同体でありつづけた日本の組織に、職務という概 念はなかった。はじめに人ありきで、仕事は人のまわりに融通無碍に形成される。職務は、非属人的・先験的に日本の組織には存在し得ない。

 だから、仲間を思いやりながら人間中心に仕事を進める人々にとって、欧米企業のように「職務記述書(Job Description)」を書くということは、実は異文化経験だったのだ。余談だが、こんな話がある。

 「日本人もアメリカ人も、失業以外のことで仕事の不安を感じることがある。日本人は職務記述書を書くときに、アメリカ人は職務記述書がないときに」。

 

機能体への体質転換剤としての成果主義

 米国では、機能組織としての企業経営、人事制度運営の蓄積がある。よって1980年代以降、米国発のHuman Resources Management(HRM)系のコンサルティング会社が日本でもクライアントを持ち始める。職務分析(Job Analysis)、職務評価(Job Evaluation)、目標管理(Management by Objectives)、成果主義賃金(Pay for Performance)といった手法が本格的に和風にアレンジされ、日本の大企業を中心として移植された。当初は在日欧米企業を中心として、そして前述 したような経緯で日経連(日本経済団体連合会)の所属企業までもが顧客リストに載り始めたのである。

 日本企業が軽視してきた「職務」という機能体の価値観を組織に移植し、もって、職務等級、成果評価、成果立脚型賃金をシステムとして日本企業に埋め込む作業は、要するに、共同体に機能体原理を持ち込む試みである。

 アベグレンはさほど厳しく糾弾しなかったが、共同体には良い面と共に弊害をもたらす面があることも事実だ。共同体の内と外に別々の規範を当てはめる二重 規範(ダブルスタンダード)は、度重なる不祥事やそれらのもみ消し事件の温床となった。なまぬるい仲間主義が馴れ合いを呼び、ホワイトカラーの生産性が低 い一因とも指弾された。また、共同体体質では過去の慣習や因習を否定する自己改革ができないとの批判も根強かった。

 よって、「大胆な戦略実行力が共同体的企業組織にはないのではないか」とトップが判断する企業は、こぞって成果主義という異質を注入したのだ。

 

成果主義の蹉跌

 日経ビジネス(2009年5月11日号)の特集「成果主義の逆襲」には、成果主義に関する次のようなアンケート結果が掲載されていた。

 

  • 「勤務先が成果主義型の制度を取っている」と答えた944人を対象に、勤務先の成果主義の成否を聞いたところ、「失敗だった」とする回答は68.5%に達し、「成功だった」という回答(31.0%)を大きく上回った。
  • 「成果主義に基づく自身の評価に満足しているかどうか」については、「不満である」が43.3%、「満足している」が16.2%。
  • 「職場に何らかの弊害が発生したかどうか」については、「発生した」が65.7%に達した。
  • 「失敗の要因は制度と運用のどちらにあると思いますか」という問いには、「制度そのものより運用上の問題が大きい」とする回答が66.0%、「制度そのものの問題が大きい」は32.5%だった。

 このようなネガティブな反応の本質は、共同体原理が発する「機能体原理への拒絶反応」から生まれている。異質に対する共同体の免疫反応がことさら強かったのは自明の理である。

 成果主義は、株主利益を合理的に追求する圧力を経営者にかけつつ、企業価値を上げることには貢献したのかもしれない。だが会社共同体の内部に向かって は、価値基準や人間関係のパターンの希釈化、希薄化を招き、外部に向かっては、人件費の変動費化の名のもとに非正規雇用者を大量に生みだしたのだ。

 

人本主義という普遍的非収斂説

 しかしながら1990年代の日本的経営論では、大胆な言説の展開がみられた。バブル崩壊までの短期間ながらも経済的に空前の繁栄をみた背景には、日本が相対的に非階層化され、民主化された企業社会を創り出したとする「人本主義」という言説である(伊丹 1993)。

 アベグレンの著書の熱心な読者であった経営学者の伊丹敬之は、資本主義に対照させて「人本主義」という独自の用語を用いて、日本企業の平均的な特徴を三 つのキーワードで説明する。それは、企業の概念で言えば「従業員主権」、組織内分配の概念という点では「分散シェアリング(分配)」、市場取引の概念では 「組織的市場」だ(伊丹 2009)。

 日本経済がバブルの崩壊で低迷してきたこの時代は、アメリカ経済が逆に好調だった。アメリカ型のカネの論理を中心とするヨコモジ経営手法が圧倒的な脚光を浴びていた時代に、伊丹は大胆不敵にも資本主義と対置するかたちで「人本主義」を主張したのだ。

 伊丹は、資本主義は「カネを経済活動のもっとも重要な資源と考え、その資源(カネ)の提供者のネットワークをどのように作るかを中心原理として企業シス テムが作られるもの」とする。それに対置される「人本主義」は、「ヒトが経済活動のもっとも重要な資源であることを強調し、その資源の提供者たちのネット ワーク、つまり人材を提供し、取引をしている人々のネットワークを安定的につくり、それを維持・発展させることこそ大切、と考える原理」であるという(伊 丹 2009)。

 明らかに非収斂説に立っているが、「日本の特殊性を示す言葉」では語らずに、「人本主義」の経済合理性には普遍性があるとした。すなわち、人本主義=普遍的非収斂説の登場である。

 

日本的経営の次は、共同体原理の発展的復活

 企業と従業員によるギブ&テイクの「場」としての職務(Job)を確定し、目標管理でさらに精緻化し、目標の達成度に見合った職務給を支給する、という 成果主義の方向性は、共同体原理と鋭く対立し、被雇用者側に不満をもたらした。第1期、第2期の郷愁と決別できていない正規社員、管理職、役員にとって、 この不満は深く、暗く、そして大きなものだ。

 アベグレンは、筆者との対話でも非収斂説を明快に展開し、アメリカ的な機能体原理を過剰に移植することや、グローバリズムという名のアメリカ中心収斂説 に警鐘を鳴らし続けた。「日本社会の根底にある価値基準や人間関係のパターンを大事にしないと、コミュニティとしての日本企業は崩壊するぞ」と。

 さらに、アベグレンはこう言うのだ。真に業績のいい日本企業は、一見前時代的で、古く、日本的な価値観を組織の奥底に温め、共有し、次世代に継承してきているのだと。

 資本主義のあり方が大きく問われている昨今だ。その中でも日本資本主義の行き方が問われている。日本的経営なくして日本企業はない。また、日本企業なく して日本資本主義もない。日本的資本主義の明日を占うためには、日本企業、なかんずく日本の企業社会の根底にある価値基準や人間関係のパターンを映し出 す、人事制度とその運用を注視しなければなるまい。

 日本的経営にとって、2010年代の4つの「?」は大きく重い。技術立国・日本の方向模索期と重なる時代に、日本的経営に次なる発展があるとすれば、グ ローバル化に即妙に対応しながらも、絆、縁、信頼、触れ合い、分かち合い、といった共同体原理の発展的復活にある。機能体・共同体の異種原理混合によるハ イブリッド化の時代を通過しなければ、日本的経営の新たな地平線は見えないだろう。

 

    【参考文献など】

  • ジェームス・アベグレン、占部都美監訳「日本の経営」、ダイヤモンド社、1958
  • ジェームス・アベグレン、山岡洋一訳「新・日本の経営」、日本経済新聞社、2004
  • 占部都美、「日本的経営論批判」、国民経済雑誌138巻4号
  • 平成20年版「労働経済の分析」(労働経済白書)
  • 伊丹 敬之、「人本主義企業―変わる経営変わらぬ原理」、筑摩書房、1993
  • 伊丹 敬之、「日本企業の人本主義システム」、平成21年宮中講書始の儀におけるご進講

 

引用:諜報謀略講座 ~経営に活かすインテリジェンス~ –第18講:日本的経営あるいはジェームズ・アベグレン博士との対話 :ITpro

第16講:大丈夫か?日本資本主義の未来(勤勉のゆくえ)

カテゴリー : アントレプレナーシップ

 「日本人は勤勉さを失いつつあるのかもしれない。勤勉さを礎とした、高度成長時代からの社会制度は、このままでは立ち行かなくなる」と多くの人が考えているようだ。そこで今回は、「勤勉」の現状と未来を見立てることによって、日本資本主義の今後の姿を占ってみたい。

 筆者は海外で、よくこんなことを言われた。

「日本人はじっと耐えて、脇目もふらず一生懸命がんばる」
「日本人同士集って本気を出すと、他の国の人々はかなわない」
「日本人の勤勉さが、あの高度経済成長を支えてきたのですね」

 要するに、日本人は勤勉だというのである。前回の「どうした? 勤勉の倫理と日本的資本主義の精神」で見たように、日本人の勤勉さはある種、歴史・文化に刷り込まれてきたものであり、その行動様式は社会や経済のあり方と無関係ではない。むしろ、勤勉の精神が社会や経済のあり方を支えてきたと言ってよいだろう。

 そう思っていた矢先の2008年に、いささか考えさせられる調査結果が発表された。読売新聞社の「年間連続調査」は、「日本の発展を支えてきた『日本人の勤勉さ』について、これからも続くと思う人は35%にとどまり、そうは思わない人が61%に上る」と報じたのだ。

 日本人の勤勉さについては84~91年に5回調査し、今後とも続くと思う人が常に多数派だった。日本人の勤勉さが続くと思わない人の方が多くなったのは 2008年度の調査結果が初めて。特に20歳代では66%に達した。1984年の調査では、「続く」と思う人が59%、「続くと思わない」人が33%だっ たので、この四半世紀で見方の比率がほぼ逆転したことになる。

 どうやら日本人の勤勉さは消失・沈滞しつつある、とまでは言わないが、大いに変質しつつあるようだ。一生懸命、勉強や仕事に励んでもしょうがない。せっ せと勤勉に励んで一体何になるのか――。こんな声が聞こえてくるようだ。要は、勤勉であることの目的、勤勉であることによってもたらされる効用がハッキリ しなくなってきているのである。

 

成長と勤勉

 「成長」は、従来の経済の合言葉、大義名文、呪文だった。1955年から1973年までの18年間、日本経済は成長に成長を重ねてきた。なぜこの時代に 日本経済は高度成長を遂げたのかについて諸説あるが、「需要」「供給」「イノベーション」の3条件が絶妙に組み合わさったことから飛躍的な経済成長がもた らされた点に異論はないだろう。

 新しい価値を市場にもたらして伝搬させるイノベーションが勃興し、付加価値生産にかかわる十分な人、モノ、カネ、情報などの資源が調達可能で、生産された付加価値を消費する需要が拡大を続けるという3つの条件を満たしたがゆえに、飛躍的に経済が成長してきたのだ。

 これらの基調を後押しする社会的イベントも盛大に行われ、特需となった。1964年の東京オリンピック、1965年の北爆から1975年のサイゴン陥落 までのベトナム戦争、1970年の大阪万博(日本万国博覧会)などは特需をもたらした。それやこれやで1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国家 の中で第2位に達し、一連の経済成長は「東洋の奇跡」と言われた。

 このように「成長」は戦後長らく日本の背骨を支えてきた。そして勤勉が成長を支え、成長すれば皆が豊かに幸福になるのだ、という確固たる確信と納得が あったのだ。文化人類学者の上田紀行は、「右肩上がりの時代、それは自分自身の個別の『生きる意味』を深く追い求めなくても、ひとまずは幸せにやっていけ る時代だった」と言い、バブル経済とともに崩壊した成長神話の残骸に、「かけがえのなさの喪失」という殺伐とした風景を見る。

 

成長ありきの2軸対立

 社会民主主義的な「ケインズ主義」と、保守自由主義的な「市場主義」はよく対置されて議論される。前者は大きな政府を是認し、市場には欠陥があるからコントロールされるべきと主張。後者はすべてを市場と自由な個人に委ね、政府による介入を拒み、小さな政府を主張する。

 ケインズの祖国イギリスは、第2次世界大戦後はおおむねケインズ派だった。「経済を安定させ、失業などの不均衡を是正するために、政府は市場に介入すべ し」との議論に、真っ向から反旗を翻す向きは少数派。ケインズによれば、経済に不均衡や不安定が付いてまわるのは、市場そのものが“不完全”だからであ る。

 1980年代になって、イギリスのサッチャーとアメリカのレーガンはともに小さな政府を目指した。だが2人が企てたことは、実は市場原理主義のように 「市場の完全性を前提にする」というよりは、むしろ様々な規制を緩和し、民営化を勧め、競争を促進することによって「市場を“完全”な状態に近くしようと する」ことだった。

 サッチャーはケインズの天敵だったハイエクの思想を信奉していたとよく言われる。ハイエクは市場の万能性を素朴に信じようとは言わなかった。むしろ自由 を求めてやまない人間の理性にはどうしようもない「限界」があるから、市場を管理、操作、統制、制御するといった夢物語を追いかけるのを止めにして、一切 を市場に任せようと言ったのだ。

 ハイエクによると、人間とは「高度に合理的で聡明な存在ではなく、きわめて非合理的で誤りに陥りやすい存在」である。だからこそ、決して万能ではない市場に委ねるほうが賢明であると彼は考えた。これをハイエクの「相対的市場主義」という。

 いずれにせよ、ケインズ主義も市場主義も、それらを援用する為政者も引用する論者も、おしなべて「成長」という大義名分を肌身離さず持っていたことには変わりがない。

 

経済成長は幸福を約束しない!?

 経済成長はドグマ(宗教の教義)にも似た至上命題。需要側からも供給側からも、はたまたイノベーションを論じる向きからも絶対的テーゼとして祭り上げられてきた。

 ところが、「はたして、経済成長は人間の幸福とどのような関係があるのか?」という点に飽くなき関心を持つ研究者が出始め、ここ数年は実に興味深いデータが出始めている。

 例えば、次の図1は、経済成長が日本国民の生活全般の満足度に直結しないことを示している。日本の1人当たり実質GDPが伸びても、逆に「生活満足度」は下がっている。

生活満足度と国民1人当たり実質GDP(国内総生産)の推移
図1●生活満足度と国民1人当たり実質GDP(国内総生産)の推移
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 購買力平価で見た国民1人当たりGDPと「幸福度」の間にも同様の傾向がみられる。平成20年度国民生活白書によると、所得水準が低い国のグループでは 右肩上がりの正の相関を示すものの、全体として相関は弱い。所得水準が高い先進国では、所得の上昇にかかわらず幸福度はほぼ水平、つまり幸福感が高まらな いことが示唆されている。

 もっとも厳密な議論をするためには、さらに膨大なデータの収集と解釈が必要なことについては論を待たないが、上記のデータから示唆されることは実に寒々 しい。「一生懸命、勤勉に働いてお金を儲けて、1人当たりGDPの向上に励んでも、生活満足度や幸福感はさして高まらない」ということだ。

 以前ならば、「一生懸命、勤勉に働いてお金を儲けて、1人当たりGDPの向上に励めば、生活満足度は上がり、あなたは幸せになる」と言われれば、よほど の天の邪鬼でない限り大方は納得した。学校の先生から会社・役所の上司に至るまで、暗黙の合意・了解事項だったのではないか。

 ところが今は、そうではなくなった。

 「諸君はよく受験勉強に耐えて、大学に入った。これからもっと一生懸命勉強して、卒業する暁には、良い会社や研究所に入って、勤勉に働こう!そして給料をたくさん稼ごう! 幸せになるために!」とは、さすがに口が裂けても言えない。

 たぶん、このような素朴な予定調和の物語は誰も純朴には信じないだろう。よしんば、そのようなことを言う人が出てきても、趣味の悪い懐古主義者と間違われるのがオチなのかもしれない。

 

勤勉の目的の問い直しが急務

 一生懸命に勉強し、良いとされる学校へ入り、良いとされる会社に入り、社業に貢献することによって個益、つまり個の利益がもたらされる。公器である会社 が社業を発展させることにより公益がもたらされ、また利益の中から法人税などを収めることで公の利益の増進に直結する。このような勤勉の因果関係が成り立 ちづらくなっているのである。

 筆者は、怠惰に流れやすい自分自身のことを都合よく棚に上げあげつつも、勤勉そのものを否定はしない。「第15講:どうした? 勤勉の倫理と日本的資本主義の精神」で議論したように、勤勉はとても大事な日本人の精神的資産であり伝統であると思っている。だから次のような議論になる。

「勤勉」→「経済成長」→「幸福」

 上記の関係式の中で、「経済成長」が「勤勉」と「幸福」を媒介しなくなってきている。だから下記のように、勤勉の目的となるもの、つまり「経済成長にとって代わる媒介変数」をきちんと探し出して、自覚的に入れ込むことが大事である。

「勤勉」→「○○○○」→「幸福」

 日本社会には「○○○○」について、まだまだ総意などといったものはない。当面、一人ひとりが模索してゆかねばならないところに事の重大さが潜んでいる。

 集団的に深く刷り込まれた経済成長神話に代わって、一人ひとりが「○○○○」を探し、紡ぎ、意味づけていかねばならないのだ。前述した上田の言葉を借りれば、「○○○○」の定まらない状態は「かけがえのなさの喪失」にもつながる不気味なものだろう。

 

新しい資本主義の形は「新しい勤勉」を求める

 元来、近代資本主義というものは空気のようなものだ。肌で触れることもできないし、目にも見えない。図2のように、抽象的な項目で構成されながらも、具体的にその影響下にある人の行動を拘束する。

近代資本主義の構成

図2●近代資本主義の構成

 

 近代資本主義は、目的合理性、労働の目的化、利子利潤倫理を基盤に置く。これらの基盤を下支えするものが「勤勉」であり、絶対性と抽象性を特徴とする私有財産制と、それによって万人が等しく絶対的に拘束される自由契約制によって成り立つのが近代資本主義である。

 ここを押さえておかないと、最近騒がしい「明日の資本主義」「資本主義滅亡論」「資本主義暴走論」など、とめどもない言説の針金細工になってしまうので要注意だ。

 「勤勉」をも俎上に乗せる諜報謀略論は、実は大変マジメな議論なのである。人は何に対して勤勉になりうるのか。経済成長以外に勤勉を誘導する政策的な目標はありうるのか。勤勉を演出し、社員の勤勉に依拠してきた日本的経営の姿はどうなるのか。次回以降に考えてゆこう。

 

    【参考文献】

  • 読売新聞、2008年7月30日
  • 平成20年度国民生活白書
  • 上田紀行、「生きる意味」、岩波新書、2005年
  • 佐和隆光、「市場主義の終焉」、岩波新書、2000年

 

引用:諜報謀略講座 ~経営に活かすインテリジェンス~ –第16講:大丈夫か?日本資本主義の未来(勤勉のゆくえ) :ITpro