このところ、講演会やワークショップで、ウェルビーイングをテーマにして場を創る機会が増えている。時勢でもあり時代の流れなのだろう。ウェルビーイングとは、健康と幸福を中心とした人間的な豊かさそのものだ。もちろん、人間的な豊かさの求め方は100人いれば100通り。ようは、人間的な豊かさは客観的ではなく主観的にとらえられるものなので、主観的幸福感(subjective well-being)という用語をあてるのが一般的だ。
主観的幸福感には2種類ある。ひとつめは中長期的な「人生満足」(Diener, 2002 ; Pavot & Diener, 2008)だ。これは、人生の経路で経験する家庭や仕事、友人との関係、地域との関係、健康状態、趣味を含めた全般的で中長期的な人生満足の度合いだ。
ふたつめは、もっと短期的に人の感情に湧き上がるポジティブ感情(Fredrickson, 2001; 前野, 2018など) 。日常生活で感じるプラスの感情だ。これらは英語圏のポジティブ心理学の領域でさかんに研究されてきている。
主観的に幸福感を感じることがなぜ大切なのか?たとえば、ある人が幸福な友人を持つと、その人が幸福になる可能性は約9%増大し、不幸な友人を持った場合は、幸福になる可能性が約7%減少する(Christakis, 2009)。 また、幸福な人は、他人の幸福を考慮し,幸福な人と関係性をとり結ぼうとするし、幸 福な人同志は群れる傾向がある(Christakis, 2009) 。 進化は、種族、部族、家族が生存して繁殖の機会を確保させるため、利他的な人間を優遇してきた。その結果、このような傾向が現代の人間社会にも現れるのだろう。
認知的機能と主観的幸福感の関係も興味深い。主観的幸福感は、認知的機能を上げることが分かっている。たとえば、発見をしたり、新規性の高い企画を立てたり、ものことをより効果的、効率的にやったりするために必要な創造性を高める(Isen, Daubman, & Nowicki, 1987)。
そして、主観的幸福感は注意の幅を拡張する(Isen, 2003)ことも検証されている。 「注意の幅」が広まれば、いろいろなモノコトに気づいたり、フックをかけたりしていろいろな可能性が拡がる。もちろん、インシデント、アクシデントの予防効果にも直結する。
ポジティブ感情と職場の人間関係に関しても面白い研究が蓄積されている。たとえば、ポジティブな感情を持つ社員は、親切で同僚を助ける傾向がある(Donovan, 2000)。 ポジティブ感情と生産性の関係も見逃せない。幸福な従業員は不幸な従業員よりも生産性が約12パー セント高い(Oswald et al., 2014) 医療従事者のwell-beingが低下すると、ストレスや仕事の満足度が低下し、患者 の安全性、患者満足度、コスト抑制にも悪影響をあたえる(Benzo et al., 2017)ことがわかっている。
ところが3年にも及ぶコロナ禍の影響もあり、病院や企業の現場では、「三密回避」が徹底されてきた結果、雑談、ひいてはポジティブ感情の瑞々しい交流の場が枯渇してきた。枯渇とまでいかなくとも、極端に減ってきた。だから、ポストコロナの時代には、過去を振り返り、ポジティブ感情を交流させる場づくりが求められる。その「場づくり」は、あらゆる組織、産業のリーダーにこそ求められるだろう。
さすれば、複雑なポジティブ感情を相互依存的に交流させて、ウェルビーイングを高めてデザインする「場づくり」のためのシステム方法論は、新しいリーダーシップ論となるだろう。
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