はじめに:自然とウェルビーイング

今年の夏、北海道の大自然の中に身を置いてきた。 アウトドア・アクティビティを楽しむことのみならず、ウェルビーイングを研究対象としているわが身として、「自然と人間との望ましい関係性とは何か」「自然との関わりの中で、私たちのウェルビーイングはどう変容するのか」を、自らの身体を通して検証・思索することだった。いずれ論文化したいので、準備として研究ノートして記録しておこう。
大雪山系の山懐深く入った3日間のトレッキング。そのうち1泊は白雲岳避難小屋。そして、都会を離れた森林環境でのテント泊、車中泊、ホステル泊。日々、あえて自然の湧水を飲み、地の食材を味わい、森の清流やサウナで冷温浴を繰り返す。まるで人体実験のようなアウトドアライフだ。
「自然が心身に良い」と言うのは簡単だ。でも、それはいったいなにを意味しているのだろう?高山の森のなかにたたずむと、畏敬の念が湧きあがり、心は静寂に満たされる。心はどうして、このような反応をしめすのだろうか?
大雪山系、層雲峡や丸瀬布、日高の風に混ざるシナノキの甘く芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込んだとき、心身の内側からしなやかで弾力のある「張り」が蘇ってくるのをはっきりと実感した。注意力が研ぎ澄まされ、思考が澄み渡り、創造的なアイデアが次々と湧き上がる——。

この身体感覚は決して個人的な主観や瞬間的な高揚感がもたらす錯覚などではない。とくに私は20代から人体実験のようなアウトドア生活を送ってきているので、自己正当化しやすいという傾向を念のため排除しなければいけない。そこで重要となってくるものが科学的なエビデンスである。近年の神経科学や生理学、環境心理学、健康科学、そしてそれらを統合する学際的なシステム科学は、自然が人間にもたらす驚くべき効果(Nature Effects)を科学的に解明しつつあり、それらを参照しつつアウトドアライフの効果を検証してみよう。
1. 脳の疲労をリセットし、創造性を解き放つ(認知科学的アプローチ)
都市での生活やデスクワークにおいて、ネットに繋がったPCやAIと終わりのない対話を繰り返す私たちは脳の前頭前野を駆使し能動的注意(集中力)を常に消費し続けている。
環境心理学における注意回復理論(Attention Restoration Theory: ART)によれば、木漏れ日や風の音、花の香りのように、人間の意識を優しく惹きつける自然の刺激(Soft Fascination)に触れることで、疲弊した脳の注意回路が休止し、劇的に回復することが示されている(Kaplan & Kaplan, 1989; Kaplan, 1995)。
さらに、ユタ大学のデイヴィッド・ストレイヤー(David Strayer)教授らの研究では、デジタル機器から離れて4日間のバックパッキングを行うことで、創造的思考や問題解決能力が50%向上するというデータが報告されている(Atchley et al., 2012)。自然の中で脳のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が活性化し、無意識下での情報統合とアイデアのひらめきが促されるのだ。

2. 生体リズムと免疫の再起動(生理学・薬理学的アプローチ)
森林を歩くことで、ストレスホルモンであるコルチゾール値が低下し、交感神経の過剰な緊張が和らぐことは多くの生理実験で実証されている(Park et al., 2010; Miyazaki et al., 2014)。
それに加え、樹木が発する芳香成分フィトンチッドや、7月の北海道の森を満たすシナノキ(リンデン)の甘い香り(ファルネソールやリナロール)は、嗅覚を通じてダイレクトに大脳辺縁系やGABA受容体に作用する。これにより自律神経が整い、免疫細胞(NK細胞)の活性が上がることが解明されている(Li, 2010)。
さらに、大地の水と食事を取り入れ、太陽、月、北斗七星、北極星をちゃんと視野におさめ、脳髄にまで染み込ませ天体の動きにシンクロした生活を送ることは、生物としてのサーカディアンリズム(体内時計)と宇宙と大地のリズムを同調させる。人間が数百万年の進化の歴史の中で育んできた遺伝子レベルの記憶(Wilson, 1984が提唱した「バイオフィリア仮説」)が自然とエントレインメント(共鳴するように引き込み)して、生体平衡(ホメオスタシス)を取り戻すのだ。

3. 自律神経のレジリエンスを高めるサウナでの温冷交互浴
今回の滞在中、森林浴ができる環境でのサウナと冷水浴をアウトドアライフに取り入れた。私の日常では1回/週のペースだが、北海道では毎日である。加熱と冷却を繰り返すことで、末梢血管の拡張と収縮が促され、血管の弾力性が高まると同時に、細胞修復を助けるヒートショックプロテイン(HSP)が誘導される(水島, 2018)。また、細胞内でエネルギーを発生させる根本的な微細な機構であるミトコンドリアの質量を上げることでも効果的だ。
これは生理学的にホルミシス効果(適度な刺激による生体活性)と呼ばれるもので、自律神経系に対するしなやかなミクロ筋トレとして機能する(Radak et al., 2008)。大自然の環境下で行うサウナを活用した温冷交互浴は、神経系のストレス耐性と回復力(レジリエンス)を極限まで高めてくれる。ちなみに、今回のツーリングで体験したサウナは: ◎白銀荘、旭岳温泉ベアモンテ(テント泊)、◎層雲峡のホテル大雪(泊まりは層雲峡ホステル)、◎丸瀬布温泉(車中泊)、日高高原荘だ。(抜群によい「気」に満ち溢れている場所が◎)
おわりに:これからの人間と自然のウェルビーイング
今回の北海道での経験を通じて改めて実感したのは、人間のウェルビーイングとは、人間単体や人間が作りだした人工的な都市環境で完結するものではなく、自然環境との健全なエントレインメントのなかにこそ存在する、ということだ。この傾向は遠軽の白滝埋蔵文化財センターで調べてみた通り、旧石器時代、縄文時代という昔から一貫したものだろう。
自然を単なる消費するリソースとして捉えるのではなく、自らの生命力を再充填し、旧石器時代から継承している本来の人間性と現代的な認知能力とを調和させるエントレインメントの欠くことのできない相手として捉え直すこと。自然との良い関係性を築くことは、結果として私たち自身のウェルビーイング、つまり、認知・生理・精神の可能性を最大限に引き出すことになる。昨今進行している情報・AI革命のさなか、人としてサバイバルする秘訣はこんなことのなかにあるのではないか。
北の大地で得たこの心身の「豊かな張り」と洗練された洞察力を、これからの日常や新たな探求の糧として還元していきたい。秋口からは学会での招待講演などが続く。さて、どのような展開になるのか?
参考文献:
Atchley, R. A., Strayer, D. L., & Atchley, P. (2012). Creativity in the wild: Improving creative reasoning through immersion in natural settings. PLoS ONE, 7(12), e51474. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0051474
Kaplan, R., & Kaplan, S. (1989). The experience of nature: A psychological perspective. Cambridge University Press.
Kaplan, S. (1995). The restorative benefits of nature: Toward an integrative framework. Journal of Environmental Psychology, 15(3), 169–182. https://doi.org/10.1016/0272-4944(95)90001-2
Li, Q. (2010). Effect of forest bathing trips on human immune function. Environmental Health and Preventive Medicine, 15(1), 9–17. https://doi.org/10.1007/s12199-009-0086-9
Miyazaki, Y., Lee, J., Park, B. J., Tsunetsugu, Y., & Matsunaga, K. (2014). Preventive medical effects of nature therapy. Nihon Eiseigaku Zasshi (Japanese Journal of Hygiene), 69(2), 108–116. https://doi.org/10.1265/jjh.69.108
水島 昇 (2018). 『細胞が自分を食べるオートファジー:たんぱく質リサイクル工場のメカニズム』 岩波書店. / Mizushima, N. (2018). Autophagy: The mechanism of cellular protein recycling. Iwanami Shoten.
Park, B. J., Tsunetsugu, Y., Kasetani, T., Kagawa, T., & Miyazaki, Y. (2010). The physiological effects of Shinrin-yoku (taking in the forest atmosphere or forest bathing): Evidence from field experiments in 24 forests across Japan. Environmental Health and Preventive Medicine, 15(1), 18–26. https://doi.org/10.1007/s12199-009-0086-9
Radak, Z., Chung, H. Y., Koltai, E., Taylor, A. W., & Goto, S. (2008). Exercise, oxidative stress and hormesis. Ageing Research Reviews, 7(1), 34–42. https://doi.org/10.1016/j.arr.2007.04.004
Wilson, E. O. (1984). Biophilia. Harvard University Press.

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