平井遺跡から諏訪大社秋宮、尖石遺跡で「立柱祭祀」の起源を探る

松本で看護協会から依頼のあった講演を済ませてから、あたりの気になる場所をドライブしつつ探訪。地方への講演旅行は、こういうひと時があるとなしとでは雲泥の差だ。以前から気になっていた、塩尻から、諏訪、そして八ヶ岳西麓の縄文遺跡と諏訪大社秋宮でフィールド調査することになった。

日本列島では,上・下諏訪大社の「御柱祭」が著名であるが、一般論としてこの起源を縄文時代の木柱列など立柱遺構に求める傾向が強い。しかしこれまで両者の関連について論理的に検証されたことはなく、身近にありながらこの分野の体系的研究は立ち遅れている(上田, 2005)。

平出遺跡の立石

塩尻から諏訪湖、そして八ヶ岳西麓は、縄文遺跡から、縄文に淵源する神社、立柱祭祀のオンパレードだ。平出遺跡は、なんと、縄文、古墳、平安時代の遺跡・遺構が連らなっている。この地域には、平出の泉があり、伊夜彦神社がある。縄文時代から人々が連綿として暮らしていた「住みやすい」土地であることがわかる。

諏訪大社秋宮の御柱

どうも、立柱祭祀の根っこには、植物・樹木霊・神樹信仰が横たわっている。それら樹木霊・神樹の奥底には、トチノミ、ドングリなどでんぷん質豊かな堅果類の恵みをもたらしてくれる植物への感謝、畏敬の念とともに、「死と再生の祭儀」が通底している。日本列島の縄文系立柱祭祀はその典型ではなかろうか。

縄文のビーナスという通称はミスリーディング

「縄文のビーナス」、「仮面の女神」だって、出土したときは寝ていたかもしれないが、祭祀に使う際には「立てて」用いたはずだ。たしかに、妊婦や人の形はしている。しかし、「土偶を読む」の竹倉説では、これらの土偶は植物霊をフィギュアとして形象化して祀るもの、としている。竹倉は言う「これまで”妊娠女性”と説明されたきた縄文のビーナス。ちょっと待って欲しい。人間は妊娠してもこんな形の下半身にはならない。そもそも人間の顔にすら見えない。強引な解釈はやめて、素直に土偶を眺めてみよう。トチノミの姿が浮かび上がってくるはずだ」(前掲書, p5)と。

たしかに、アンソロポモファイゼーション(植物の人体化)は古代に作成されたフィギュアを解釈するうえで、重要な概念だろう。その解釈を採用する場合、植物を人体に模して形象化したと解釈することとなる。その延長線上に「土偶は縄文人の姿をかたどっているのでも、妊娠女性でも地母神でもない。<植物>の姿をかたどっているのである」という竹倉説がある。

でもなあ。妊婦か植物か、の二項対立ではみられないと思う。そうではなく、ものづくりが好きで、あそび心がある縄文人(たぶん女性だろう。助産にあたっていた産婆さんのような縄文女性)妊婦の姿とトチノミの姿を同類として類感的に「合わせてみた」というのが僕の見立てだ。「類が類をよぶ」「類と類をあわせる」古代のイマジネーションを観念連合技法とフレイザーは読んだ。植物の生と死をめぐる再生、そして、人の生と死をめぐる再生。これら2つの再生を類感させて、あわせ、形象化したものが呪具=土偶なのである。

共感呪術(フレイザーの金枝篇を監修した石塚正英による参考サイト)として、森の恵み=植物への感謝、畏敬という価値システム、そこから生命力を得て、さらに、子を産むという生命の循環を崇める価値システム。これら2種類の生命の循環への共感の念が、呪術システムの体現として形象的に融合しているのが「縄文のビーナス」であると見立てたい。顔や異常に膨張した下半身の形状はトチノミに似てはいる。でも身体全体の形は直観的に妊婦のイメージ。このあたり一帯の立柱祭祀という呪術祭祀の価値システムを体系的にとらえるときには合理的だろう。

「仮面の女神」

さてさて。現代ならば、医療的介入となろうが、縄文時代に営まれた立柱祭祀の中核にはおそらく介入としての呪術が随伴したのだろう。墓地や貝塚や水場の近くに多くの柱が立てられたことから、呪術的行為には「生と死と再生」という想念(つまり価値システム)があったのだろう。考古学という学問は、物的証拠つまり検出・出土された人工物(artifact)をベースに、解釈を積み上げ論を構成してゆく。 なにぶん「生と死と再生」は抽象的な解釈(つまり、妄想や勝手な見立てが入りやすい解釈)であるが、 人工物をロジカルに分析して 「生と死と再生」を示唆できればよい。このままでは単なるヨタ話の域を出ないので、いずれ、まとまったペーパーにしたいものだ。

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