感情とAIがひらく専門性─ポジティブ感情と資本の好循環を育むヘルスケアの実践知

最近の講演会、ワークショップ、授業では、上のようなチャートを用いながらよくこんな話をする。

〇ポジティブ感情がヘルスケア専門職の仕事と人生を育てる
ポジティブ感情は、単なる気分の浮き沈みではなく、ヘルスケアに携わる専門職の行動と関係性、そしてキャリアの土台を育てる源である。これは、医師だけでなく、看護師、リハビリ専門職(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)、福祉・介護従事者を含む全ての医療・ケア現場に共通する普遍的な現象である。

心理学者バーバラ・フレデリクソンが提唱した「拡張‐形成理論」は、ポジティブ感情が認知と行動の幅を広げ、より柔軟かつ創造的な反応を可能にすると説明している。現場で働く人々にとって、これは非常に重要な意味をもつ。なぜなら、対人支援の仕事は常に予測不可能な変化と向き合い、他者との関係性の中で成り立っているからである。ただし、組織行動や人的資源アプローチに疎いフレデリクソンの「拡張‐形成理論」は、「形成」の部分が彫琢不足で分かりずらいので、資本(capital)→良好な状態(well-being)と置いて上図に発展させている。

このノートの基礎になる研究としては文献1文献2文献3を参照。

〇「感情的になる」ことの意味を問い直す
さて、日本語で「感情的になる」と言うと、怒りや落ち込みといったネガティブな情動を指すことが多い。しかし、本来はポジティブな側面においても感情的になってよい。感謝されたとき、誰かに共感したとき、うまく連携できたとき、その感情にしっかり浸ることが大切である。

ヘルスケアの専門職は、とかく「感情」を抑えがちだ。「冷静さ」や「専門性」が求められる環境ではなおさらである。しかし、ポジティブな感情に素直に反応し、それを日常のなかで見つける習慣は、専門性の柔軟性と対人スキルを深める原動力となる。ポジティブに“感情的”になることは、プロフェッショナルであることと矛盾しないどころか、それを支える力となる。

〇医療・福祉の現場での一例
ある病院のチームカンファレンスで、認知症の患者に対して効果的な対応ができたケースが共有された。看護師が「昨日、いつも暴れる方が、セラピストさんの声かけで安心したように穏やかに過ごしてくれました」と話したとき、チーム全体にほっとした空気が広がった。

理学療法士は「たまたま昔の趣味の話をしたら目が輝いて…」と照れながら語った。その小さな成功体験がチーム内の信頼を深め、他の職員たちも「こんな声かけがよかった」「次はこうしてみたい」と前向きなアイディアを共有し始めた。

このような場面は、ポジティブ感情が行動のレパートリーを拡張し、多職種連携やチームワークの質を高めることを示している。個人としても、「私はこの仕事が好きだ」「あの時の関わりに意味があった」と感じる経験は、専門性を育てる人的資本となり、周囲との信頼関係やネットワークといった社会資本の形成にもつながっていく。

〇資本がつながり、好循環を生む
このようにして形成された人的資本社会資本が、やがて職務への評価や報酬にも反映されていく。そこで得られた報酬は、学びや自己投資に回すことができる。場合によっては、家庭生活の安定や将来の経済的基盤(金融資本)を築く助けにもなる。

つまり、ポジティブ感情を起点として、人的資本・社会資本・金融資本が連動する好循環が生まれる。その循環の中心にあるのが、ウェルビーイング(よい状態)であり、それがさらにポジティブ感情を静かに涵養し続けるのである。

〇感情と資本を繋げるAIの活用を
近年では、AI(人工知能)の活用も、資本形成の加速に大きく寄与しつつある。例えば、ChatGPTのような生成AIを使えば、最新の医療情報の整理、文章の下書き、患者向け資料の作成、チーム内での情報共有の効率化などが可能になる。これにより、日常業務の時間的・認知的負荷が軽減され、専門職が本来注力すべき対人支援や臨床判断に集中しやすくなる。結果として、行動のレパートリーは質・量ともに拡張され、人的資本が磨かれる。

また、AIをチームで共に活用することで、職種を超えた情報共有や学習の機会が増え、身のまわりの社会資本も強化されていく。さらに、AIは自らのキャリア開発や学び直しのツールとしても有効であり、得られた知識や成果は、将来的に報酬や信頼の向上にもつながる。つまり、AIの賢明な活用は、ポジティブ感情を起点とした人的・社会・金融資本の好循環を、より確実かつ持続的なものとする新たな推進力となりうる。重要なのは、AIを「感情を持たない冷たい機械」ではなく、「人の感情と行動を支えるパートナー」として捉える視点だろう。

〇ポジティブ感情は、結果ではなく源である
私たちはしばしば、「良いことがあったから嬉しい」と考えるが、実はその逆も成り立つ。嬉しい、ありがたい、心があたたかくなる——そうした感情を先に見出すことで、現場での動きや関係性が変化しはじめる。

医療・福祉の現場にいるすべての専門職にとって、ポジティブ感情を丁寧に扱い、AIを身に引き寄せてクリエーティブに活用することは、日々の実践を豊かにし、専門性を深め、チームを支え、人生をしなやかに導く力となる。感情は、結果ではなく、はじまりなのである。

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