神戸・奈良・京都・近江・湖北への4駆カーツーリング

学会から巡礼へ ― 日常と非日常の往還

2025年8月、神戸で開かれた高度看護実践学会から招待されて教育講演で「遊び」について語ってみた。どうも看護界は「まじめ病」に憑りつかれていて「遊び」が希薄になっていることに警鐘を鳴らしつつ、遊びこそがイノベーションの源泉ですよ、なんてことを楽しく話させてもらった。

「遊び」について語りながら、「遊び」なしで神戸を往復するというのは、いかにも粋でなく野暮の極致だ。だから、夏休みを兼ねて4駆にアウトドア道具を積んで、1週間ほど、神戸・奈良・京都・近江・湖北への4駆カーツーリングをすることにした。故・松岡正剛の「日本、別でいい」を読み、飛鳥から京都を展望する目線から、ちょっとずれた近江の地を歩いて見たくなったのだ。ついでに、遊びと祈りの関係についても考えながら研究ノートを書き連ねた。さすれば、研究フィールドワークにもなろうか。

さて、明日香の橿原考古学博物館、天樫坐神社、飛鳥寺、箸墓古墳、ホケト古墳を訪れると、古墳の土盛りは単なる避邪・示威を企図する埋葬施設ではなく、エリアーデ的「聖なる空間」を標識するものであることが実感される。人はそこに境界を超える契機を見出し、歴史を祈りとして体験するのだろうか。

橿原考古学博物館では、藤ノ木古墳から検出された三角縁神獣鏡の特別展示。これは圧巻だ。古代の権力者が大切に継承して磨き上げ、副葬品として定番にもなった三角縁神獣鏡には、古代人の思いが凝縮されている。

三角縁神獣鏡

学芸員風の人と四方山話に花が咲き、立ち話になった。橿原考古学博物館以外におすすめの博物館はどこ?と尋ねると、学芸員氏は、天理大学付属参考館をしきりに勧める。ということで当初予定に入っていなかった天理大学付属参考館を訪れてみると、「祈りと遊び」について深い考察が刻まれた展示があり、これはこれで大いに参考となった。

遊びの精神と祈りの文学

石山寺に籠って紫式部が『源氏物語』を構想したという伝承は、祈りと遊びの交差を象徴している。この伝承に基づいてなんと紫式部の小部屋まで寺には設えられていた。ホイジンガによれば、遊びは「自由であり、生活必需から独立した行為」であると同時に、「文化の生成母体」である。なるほど、紫式部の物語世界は、遊戯的想像力から生まれながらも、人間存在の本質を映し出す祈りの文学なのかもしれない。遊びはここで、祈りと同様に超越的な意味を帯びる。

歴史のミステリーと神聖性

湖北の鴨稲荷古墳は、継体天皇の出自と三尾氏にまつわる歴史的謎を孕んでいる。こうした歴史のミステリーは、ホイジンガ的には「遊戯的探求」として知的興味を惹きつけると同時に、エリアーデ的には「聖なる歴史」への接近として祈りの契機となる。過去の不可解さは、人間の思考を自己超越へと導く力を持つようだ。

水平と垂直の交差点

竹生島や渡岸寺の十一面観音像に至ったとき、琵琶湖の水平的な広がりと堂宇や仏像の垂直的な聖性が交差する場であることにふと気がついた。ホイジンガのいう遊びの空間は「時間と空間を特別に区切る」ことで成立するが、まさに竹生島は湖上の「遊戯的かつ聖的な結界」のようなものだ。そして渡岸寺の十一面観音像の前に立ったとき、俗と聖、遊びと祈り、水平と垂直が統合され、人間存在の両義性が一つの体験に収束するかのような思いが去来した。

竹生島

祈りと遊びを繋ぐ透観(とうかん)

祈りと遊びは、いずれも人間に固有の自己超越の営みである。エリアーデは「聖なるものの体験」を人間存在の根本に位置づけ、ホイジンガは「遊戯こそ文化の基層」であると論じた。両者を接続すれば、祈りと遊びは文化人類学的に同根の営みとして理解できるだろう。

今回の旅で、遊びとしての旅と祈りとしての参拝が互いに響き合うことで、人間の超越と透観的ウェルビーイング(筆者の造語)に深く寄与するのかもしれない、と思い至った。このあたりのモチーフは今年に刊行されるであろう次作のテーマでもある。祈りと遊びのフュージョンは、歴史・宗教・文学・文化の領域をはみ出ながらも横断しつつ、人間存在をより大きな全体へと開く営みなのだろう。

祈りと遊びは、いずれも人間を特徴づける根源的営みだ。祈るAIなんかないだろう。遊ぶAIも今のところ登場していない。AIと人の関わりをつらつら考えてゆくと、人間ならではの「祈り」と「遊び」が逆照射されるように浮かび上がる。祈りは「垂直的超越」として聖なる次元へと人間を開いていく。いっぽう、遊びは「水平的超越」として日常の功利性を離れ、自由な自己解放をもたらす。こののように、祈りと遊びは、一見無関係のようだが、じつは深いところでメビウスの帯のように繋がっている。それらの交錯は、もしかしたら自己超越の場を形成し、人間存在の豊かさを顕現させる契機かもしれない。

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