自己言及のパラドスクを解消する講演放浪旅行

忙しくなると「なぜ私は大学院での授業以外でこんなに東奔西走しているのだろう?」という疑問を抱きがちなのだが、そこは半分以上降りたとはいえ、研究者の端くれ。自分の研究に興味や関心を持っていただき、講演に招待していただけるのは率直に喜ばしいことであるとすべきだろう。このところ、横浜、鹿児島、千葉、新宿、北海道といろいろまわっている。

さて、昨年度まで理事をやっていた看護経済・政策研究学会から「ウェルビーイング・マネジメントの政策的意義と経済的効果」について講演をやってほしいという依頼があり、講演用のスライド作りのついでに、数年間の「ウェルビーイングをテーマとする招待講演」の推移を調べてみた。

2021年には見事なまでの「ゼロ」。そこから2026年には「18」へと至る、この美しいカーブを描いて増えているではないか。 本日は、上のグラフの背景にあるマクロ・ミクロの動態について分析してみたい。

第1期(2021〜2023年):相転移前の「潜伏期」

物理学や疫学において、本格的な爆発(相転移)の前には必ず「潜伏期」が存在するそうな。 2021年の「0件」という数字は、ノイズのない絶対零度のような静けさを湛えている。2022年に1件、2023年に2件。

この時期、世間におけるウェルビーイングの扱いは、言わば「フルコースの最後に出てくる、あってもなくても満腹度には影響しないミントの葉」のようなも。「まあ、大事だよね」という高尚な総論賛成にとどまり、わざわざ予算を割いて講師を呼ぶほどの熱量には至っていなかったのだろう。(あるいは単に、私の認知度が絶対零度だっただけという説もありますが、そこは統計のサンプリングエラーとして割愛)

第2期(2024年):「外生的ショック」としての働き方改革

流れがガラリと変わったのは2024年。グラフでも「6件」へと跳ね上がりを見せている。 社会科学的に言えば、これは強力な外生的ショック(Exogenous Shock)が発生した時期か。そう、医療界を震撼させた「2024年4月・医師の働き方改革」「看護師の働き方改革」の本格適用だ。

この瞬間、ウェルビーイングは「あれば嬉しいミントの葉」から、「これがないと組織という船が沈む救命胴衣」へと、その生存価値(Survival Value)を急激に変えた。 「スタッフがバーンアウトして辞めていく!」「労働時間は減らせ、でも医療の質は落とすな!」という過酷な二律背反(アンチノミー)に直面した現場のリーダーたちが、「おい、あのシステム科学とかポジティブTQM(総合的品質管理)とかいう、ちょっと面白いアプローチでウェルビーイングを語るやつを呼んでみろ」となったのだろう。

第3期(2025〜2026年):書籍出版という「触媒」と、自己増殖モデル

そして2025年(12件)、2026年(18件)にいたる増加。 化学反応において、反応速度を劇的に高める物質を「触媒(Catalyst)」と呼ぶのだが、私にとってのそれは、2025年後半に上梓した『医療従事者のためのウェルビーイング・マネジメント』という一冊の専門書だ。

書籍という媒体を通じて、私の提唱する「システムとしての組織管理」と「個人のウェルビーイング」の融合モデルが、全国の病院幹部や看護協会の皆様に「構造化された知見」として普及し始めたのかも。その結果、「本を読んだので、ぜひ生で聴きたい」というポジティブなフィードバック・ループ(自己増殖)が回り始めたのだろうか。

結論:自己言及のパラドスクを解消する講演放浪旅行

さて、システム科学的な考察の締めくくりとして、一つの重大な「パラドックス」を指摘しなければなるまい。

福祉医療界のウェルビーイングを高めるために、ウェルビーイングの講演依頼を受けて全国を駆け巡れば駆け巡るほど、過密スケジュールによる移動ストレスに講師自身のウェルビーイングが著しく脅かされるという、「自己言及のパラドクス」に直面しないとも限らない。このパラドクスを解消するためには、放浪癖を掛け合わせて、講演で呼ばれた先々を旅して放浪するに過ぎたるはなし。自己言及のパラドクスはかくして、講演放浪旅行へと昇華される。めでたし、めでたし。

コメント

タイトルとURLをコピーしました