「戦後史の正体」

 

3.11から2カ月後の、2011年5月に、連載をしている日経BP社のコラムで「第22講:原発過酷事故、その『失敗の本質』を問う」を寄稿しました。そのコラムでは、政府、原発産業、大学、官僚組織、報道機関、略して、政・産・学・官・報の5セクターがからみあった鵺のような暗黙的勢力(政・ 産・学・官・報共同体)の存在について書きました。

その後、「原発ムラ」に関する様々な評論、言説が盛んに流通するようになりましたが、それらの嚆矢となる論評だったと思います。この拙文は”The Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission”を書いた黒川清氏からも参照いただいたので、(たぶん)一定の影響力があったと勝手に思っています。

さて、そのような暗黙的勢力による組織間関係は外交と内政が織りなす世界にも存在してきたことが、この本によって明らかにされています。具体的には、「はじめに」で筆者が主張するように、「戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する『自主』路線と『追随』路線のせめぎ合い、相克だった」という事実関係です。

このような歴史観を個々の事例を丹念に追って実証的に記すことを意図した書物は、私が知る限り希有なものです。もっとも、それは、「アメリカ専門の学者は、たくさんいるはずだ。なのになぜ今まで、「米国からの圧力」をテーマに歴史を書く学者がほとんどいなかったのか。日本の米国学会が、米国に対して、「批判的ないかなる言葉も許されない」状況からスタートしている」(p135)からだと筆者は言います。

このあたりの事情はよくわかります。私の周りには、米国に留学した後、アカデミアで生計を立てている人が多いのですが、アメリカの裏事情を掘り返して批判する人はまずいません。だいたいが、アメリカ様で勉強したことを専門のテコにして世を渡っているので、なかなか批判はできないものなのでしょうね。私はそうではありませんが(笑)。

自主路線の個人や勢力が政権をとっても、米国寡頭勢力と米国の意図をくむ国内勢力によって、様々な工作、権力介入、民意操作によって葬られるパターンが存在するということが実例によって示されています。このような文脈での検察、メディアの役割が克明に描写されています。ネット社会では、さかんに指摘、議論されていることですが、書物として一般の目に触れる媒体で、ここまで突っ込んで書くというのは希有でしょう。

さて、筆者の孫崎享(うける)氏は、外務省入省後、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学教授(公共政策学科長、人文社会学群長)としてキャリアを積んでこられた人物。インテリジェンスの現場経験が長く、また、現場経験を抽象化、理論化するアカデミアにも関与しているので、外野からの評論とは異なります。

自由報道協会の岩上安身氏らと機微を共有する、主流勢力から見れば「タブー」と呼ばれる事実関係に対する手厳しい追求者、告発者です。戦後の外向に焦点を当てた通史については、なかなか良書がないなかで、本書は、「高校生にも読める」くらい簡単明瞭、かつ直截に、その「正体」に切り込んでいます。

政策分析(policy analysis)は、記述的分析が中心で、つとめて解釈学的、意味論的学問です。だから、解釈する人、意味を与える人のスタンスによってどのようにでも記述できてしまいます。また、スタンスにかたよりがある場合は、言説空間にぽっかりと穴が空いたようになってしまい、だれも、その穴を埋めるようなことがなければ、しだいにタブーとなってゆきます。

その幾多のタブーに挑戦しているという意味で実に挑戦的(挑発的とはいいませんが)な書です。

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検察の出自と特別な役割について—「不当に隠された物資を探しだして、GHQの管理下に置くことを目的に設置された『隠匿退蔵物資事件捜査部』が、東京地検特捜部の前身です。(中略)つまり、GHQのために『お宝』をみつけだす特別の捜査機関。それが東京地検特捜部の前身だったのです」(p83)と指摘したうえで、米国との間に問題をかかえていた日本の政治家(首相クラス)が、汚職関連の事件を摘発され、失脚したケースとして、①芦田均、②田中角栄、③竹下昇、④橋本竜太郎、⑤小沢一郎の名前をあげています。(p84)

個々の事例についてはすでにネットでは個別に様々な議論がでていますが、この書物の一大特色は、戦後60年の政治史を丹念にレビューして、『自主』路線の政治家を追い落とす陥穽工作のパターンを分類して体系化していることです。

①占領軍の指示により公職追放する→鳩山一郎、石橋湛山。②検察が起訴し、マスコミが大々的に報道し、政治生命を絶つ→芦田均、田中角栄、小沢一郎。③政権内の重要人物を切ることを求め、結果的に内閣を崩壊させる→片山哲、細川護煕。④米国が支持していないことを強調し、党内の反対勢力の勢いを強める→鳩山由紀夫、福田康夫。⑤選挙で敗北させる→宮沢喜一。⑥大衆を動員し、政権を崩壊させる→岸信介(p370)

そのうえで、「この6つのパターンのいずれにおいても、大手マスコミが連動して、それぞれの首相に反対する強力なキャンペーンを行っています。今回、戦後70年の歴史を振り返ってみて、改めてマスコミが日本の政変に深く関与している」(p370)ことがわかったとしています。

日米安保条約について—「米国の要求する「われわれ(米国)が望だけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保すること」を吉田首相は講和条約にも書けず、安保条約にも書けず、行政協定にこっそり書きこもうとした(中略)事実上の密約です」(p150)

領土問題について—「日本ほど、その(国境と領土問題)解決に向けて政府が動けない国はありません。それは米国に意図的にしくまれている面があるからです」(p171)→昨今、話題になっている竹島、尖閣も、この文脈で捉えてみる必要があるでしょう。

日本の新聞の安保運動に対する姿勢の突然の変化について—「朝日の笠信太郎など、各新聞の主筆や論説主幹たちが、マッカーサー駐日大使やCIAの意向を受けて、途中から安保反対者を批判する側にまわった」(p210)

「1969年、外務省のなかには対米自立派がまだ力を持っていました。幹部たちによって、米軍基地をしだいに縮小させてゆく案がつくられてゆきます」(p255)

「米国が政治的に葬った政治家といえば田中角栄首相です。中曽根元首相は、(田中首相は)米国に葬られたと判断しています」(p260)

冷戦終結と米国の変容、CAIミッションの変化について—「CIAは日本の経済力を米国の敵と位置づけ、対日工作を大々的に行うようになります」(p322) この節の論考はさすがに鋭いですね。日米構造会議、対日政策要望書、TPPに対する歴史的分析は正鵠を得ています。

9.11とイラク戦争後の世界について—「日本はイラク戦争に参加しました。でもその理由はなんだったのでしょか。『米国に言われたから』それ以外の理由はないのです」(p338)

小泉政権下の政策とその影響について—「小泉首相のもとで起きたもうひとつの動きは、日本社会と日本の経済システムを米国流に変えることでした」(p347) 「TPPの狙いは日本社会を米国流に改革し、米国企業に日本市場を席巻さえることです。日本企業にとってきわめて危険な要素を持っています」(p360)

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一部のインテリジェンス、政策分析関係者だけではなく、広い範囲の読者に読まれるべき本だと思います。巻末の索引も充実しています。

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