カナダ・オンタリオ紀行(5)深刻な看護師の大量離職

カナダにやってくる直前に、看護経済・政策研究学会の第12回学術集会で、会長講演なるものをした。テーマは、看護労働市場の特性と看護師人事諸制度の問題~看護経営学の視点から~。そんなこともあり、いい機会なので、オンタリオ州内の看護師不足のリサーチを行った。コロナ禍の影響を受けて看護師不足の事情を知るためだ。

日本では、この種の事実は全くつたえられていないが、8月だけでも、カナダのオンタリオ州内の14の病院が、医療サービスの提供をやめざるを得なくなっている。これは、新型コロナウイルス感染症対策等で疲弊し消耗した看護スタッフが、一気に大量に退職しているからだ。
ニュース(https://www.bmj.com/content/378/bmj.o1917)によると閉鎖されたのは、Bowmanvilleの病院の集中治療室、WinghamとListowelの救急診療部などである。アレキサンドリア、ブランプトン、クリントン、パースの病院も、ここ数週間は救急部門を閉鎖している。

退職する看護師を補充するために、なんと看護学部の学生までもが臨床現場に立たざるを得なくなっている。このようなことはまだ日本では起きていないので、オンタリオ州の看護師不足がいかに深刻なものなのか分かる。事実、トロント西部病院の救急部門は、大量に退職した看護師を補うために、急遽、看護学生を大量に採用して、補充したことを明らかにしたくらいだ。

公衆衛生当局によると、8月後半は、オンタリオ州は、パンデミックの第7波のピークを迎えていた。ただし、町行く人々はマスクなしの、完全ウィズ・コロナモード。しかし、看護師を含む多くの医療従事者は、ストレス過多による病気や孤立状態にあり、労働者の権利を行使して、延期された長い休暇をとっているのだ。

マイケル-ハーリー氏(病院労働組合のオンタリオ州協議会代表)によると、 看護師の大量退職は、バーンアウト症候群(燃え尽き症候群)と低賃金が看護師の士気の極端な低下と危機をもたらしている。カナダでも、日本と同様、看護師の低賃金はたびたびに指摘されており、そのたびに場当たり的な政策がとられてきた。近いところでは、なにかと批判されている岸田政権による看護師と介護職の処遇改善案がある。弥縫策だ。

オンタリオ州では、コロナ禍でさらなるストレスがもたらされ、「こんなんじゃ、やってられない!」という看護師が急増しているのだ。これらの動向を受け、カナダ統計局が7月に発表した調査によると、看護師は転職を希望する可能性が最も高い医療従事者であり、24.4%が3年以内に退職するつもりであると伝えている。

このような危機的な状況をうけてオンタリオ州政府は、十分なサービスを受けていない地域で働く看護師に一時金のボーナスを支給することを検討しているという。はたして、一時金で看護師の大量離職を食い止めることができるのだろうか。一方、看護師労働組合は、州内に住んでいるがまだ働くことができない約14,000の外国人で正規のトレーニングを受けた看護師の申請を受け付けることを早めるよう強く政府に求めている。公共部門の賃上げを年1%に制限する法律が2019年に成立してしまったのも、今となっては不都合となっている。他の職種と比べて、看護師の仕事は、賃金の面でまったく魅力がないのだ。

州立大学のブロック大学の看護学部でも、州政府の意向を受けて、昨今の看護師不足に対応するため、なんと一学年定員80名のところ、200名まで増員することになったという。教員の負担が増えることは必至だろう。しかし、いくら新人看護師を増員しても、受け皿としても雇用条件が劣悪なままだと、20パーセント以上の看護師が3年以内に退職してしまうという体制側のシステミック・ミスマッチに流されてしまうだろう。

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