ジャック・アタリ「ユダヤ人、世界と貨幣」

ユダヤ民族に関する日本人による言説には、荒唐無稽なもの、トンデモ系、根拠なしの陰謀論から無理やり演繹するような話が多い。そんなかなで、博覧強記の著作家ジャック・アタリによる「ユダヤ人、世界と貨幣」は出色の内容だ。比較宗教学、科学哲学史、経済史学、イノベーション論といったソーシャル・サイエンスの視点からも、じつに多才な切り口から多様でありながら、最後の結論に向けて一貫した議論が加えられている一冊だ。

ユダヤ人は、なぜイノベーティブなのか???という疑問、そして、そのイノベーティブさから何を学ぶことができるのかという課題を長年持ち続けている筆者の眼には、欧州屈指の知性と称されるジャック・アタリの、この大部な著作は、深遠にして後半な領域において示唆に富む。また、620ページにも及ぶ大作に、引用文献、参考文献として472項目にも及ぶ詳細な脚注がついているのも有りがたい。

<アルジェ出身のユダヤ系フランス人、ジャック・アタリ>

以下、エッセンスのみ。

マックス・ヴェーバーの「プロ倫」批判が冴えている。

・「ヴェーバーは、ユダヤ人がギリシア人やピューリタン以前にそうした倫理を発見したこと、貨幣の倫理は一つの構成要素にすぎず、ユダヤ人にとって経済活動は、神にいたる重要な手段であり、個人の自由意志は偏在し、彼がまったく間違って「ユダヤ的集団の贖罪の論理」と呼んでいるものとまったく関係がないことを理解していない」p420

・「ノマードがいなければ定住者もいない」p597

・「ユダヤ人はほぼ3000年、旅人によって行われる3つの仕事を行ってきた。すなわち、①発見、②結びつけ、③革新である。こうした貢献がなければどんな開かれた社会も生き延びることはできなかっただろう。p599

①発見すること

・「最初の発見は神の単一性の発見である。このような発見はノマードでなければできなかった。旅をすることで、彼らは多くの神々を伝播させた。伝播させることで、結局種云の神々が一つの神に溶解していったのである」p599

・「多神論が唯一神に置き換えられたように、貨幣が物々交換に取ってかわる」p599

・「抽象の発見と同時に普遍の発見によって、ユダヤ人は科学的方法論の発見へ導かれていった」

・「金融によってユダヤ人はリスク評価、言い換えれば時間の冒険に結びつくすべての仕事に従事している」p601

②結びつけること

・「ノマードは読めなければ結びつけることができない。ユダヤ人こそ、その最も古い執筆者である、書き言葉の表現様式は、ユダヤ人にとって非常に重要である」p601

③発明すること

・「一度定住者に認められ、定住者の民族を相互に結びつけることで、彼らはそこで見つけたものを、別のもの、商品、資本、思想に変える」p602

・「発見し、結びつけ、発明する、この三つの役割は定住者の経済のために重要なものとなる」p603

・「外にディアスポラを持たない国、自国から他国の人々を追放する国は衰退する」p603

 

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 ノーベル賞受賞者の20%、フィールズ賞受賞者の25%を占めているユダヤ系。本書を敷衍するに、畢竟、ノマードでいつづけることが、実にイノベーションの有用な一つの源泉なのである。発見し、発見したものを結びつけ、さらに発明にまで昇華するというトランスレーショナルなふるまいこそがイノベーションの原点なんだろう。そしてそのトランスレーショナルな過程で得られる抽象化と普遍化への衝動がサイエンス<学問>を発展させる。

ノマードとはほぼ対極の島国ニッポンの蛸壺と変した閉鎖系のなかで繰り広げられているイノベーション論のなんと陳腐かつ貧困なことか。

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