フィンランドの国家イノベーションシステム

アメリカで大学院生活を送っていた時、サマー・インターンでヘルシンキ大学にしばらくいたことがある。その時は、健康・医療・福祉政策と現場のプライマリーケア・デリバリーシステムの関係の変化を重点的に調べていた。そんなこともあり、米国、フィンランド、日本のイノベーションの比較にずっと興味を持ってきている。

国ごとに、イノベーションの創発システムが異なり、そのシステムを比較検討し、差異や共通点を明確に認識することによって、イノベーション政策や企業経営、そして教育などに役立ててゆこうとする立場から支持されている考え方が”National Innovation System”だ。

この本を読むとよくわかるが、フィンランドを含むノルディックの研究者たち(ノルディック圏に包摂してNordic schoolという呼称さえもある)の視野は広い。経済学、政策、公共経営、企業経営、教育学、文化人類学、行動科学、心理学、アントレプレナーシップ、政治学など、社会科学全般の知見を動員しながらシステミックにイノベーションのあり方を論じている。

これは、ともすれば工学、エンジニアリングの狭義ものつくり系から唱導されることが多かった日本的なタコツボ・ステレオタイプ、つまり、「技術革新=R&D=イノベーション論」には見当たらない視野の広さだ。

<日本語版も出ている。訳者の森勇治先生からいただいた一冊。>

さて、日本語にも翻訳されている「フィンランドの国家イノベーションシステム:技術政策から能力開発施策への転換」の著者Raijo Miettinenは3年前に、日本に来て、早稲田大学で講演したおり、いろいろインサイトフルな意見交換をさせてもらった。フィンランド・メソッドと呼ばれる、この国の教育方法は創造性を拡大するとのことで、世界的に注目されている。そしてイノベーション教育にとっても斬新な光をあてる手法として注目されてきている。

Raijo教授の面白いところは、みずからを経済学者でもなく政策科学研究者でもなく、工学系研究者でもない「外部者」としてイノベーションという社会現象を相対化させて俯瞰、観察する視点だ。その文化心理学という異界の外部者が、知る人ぞ知る、かのフィンランド技術研究センター(VTT)の技術研究グループでイノベーションのプロセスとネットワークについて研究したことが、この本の背骨になっている。

くだんのNational Innovation Systemという概念は、結局のところ、「トランスディスカーシブ(trans-discursive)」なものだとするのが、この本のキモ。National Innovation Systemに含意されるものは、トランスディスカーシブだ、つまり、キャッチ―であるものの、実のところ、散漫で漫然として、取り留めもない概念でありながらも分野超越的に好まれ多用されることで根拠なき支持を得てきた、いわゆる科学技術畑、科学政策畑の研究者、行政担当者などが、”political rhetoric”として言説空間に散りばめるには便利な言葉ーーーとして捉えている所だ。

卓見ですね。

さて、フィンランドの人口はたったの530万人だが、1人当たりGDPは48,000ドルで世界13位。ちなみに日本は45,000ドルで17位。世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表する国際経済競争力の順位で、2001年から2004年までと4年連続首位となったあたりから、俄然、国際的に注目されるようになってきている。

このところ、健康・医療・保健分野のサービス・イノベーションを追っているのだが、フィンランドのプラクティスを今一度、調べている今日この頃。

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