医療サービス:新しい5S-KAIZEN-TQMの展望

5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)というと、ブリヂストン(当時はブリヂストンタイヤという社名でした)の新入社員研修で工場にカンズメになって教えられた思い出があります。そこでは、現場の精神だ、改善だ、などと教えられ、あまりいい思い出はありません。実際、勤務時間が終わったあとで「5S-改善運動」が行われていたので、人一倍批判精神旺盛な私は、テイのいい労働強化、生産性向上への誘導策、集団的洗脳だな、と勘繰って、この運動を見ていました。

もともと終身雇用や年功序列は好きではなく(念のため個人的嗜好の問題です、労働経済学的にはその効用を認めています)製造業のなんたるかを経験してみたいという不純な(?)動機で、この企業に勤務しはじめたので、早々にそこでの仕事を切り上げ、数年後にコーネル大学大学院へ留学しました。

それは86年のことでした。GEMBA KAIZENで著名な今井正明氏がコーネル大学ビジネススクールに特別講義のために訪れ、その講義の後の立食パーティで5S-改善についてじっくり意見交換したことがありました。(資料1:最近の今井氏のインタビュー、資料2:出版物リスト

Masaaki Imai is the founder of our company Kaizen Institute and author of two classics on lean management, Kaizen: The Key to Japan’s Competitive Success and Gemba Kaizen: A Commonsense, Low-cost Approach to Management he is working on his third book which addresses the leader’s role in making operational excellence sustainable. He travels the world doing gemba walks and speaking about kaizen.

当時は、日本企業が日の出の勢いで米国市場を席巻しており、日本脅威論までまことしやかに議論されていました。また米国政府のなかに、日本企業研究のためのタスクフォースが創られ、日本企業の分析が本格的にはじまっていました。

一介の大学院生という身分でしたが、「日本の製造業の批判的勤務経験がある」という珍奇な理由で、コーネル大学ビジネススクールで「日本的経営」についてのレクチャーを1コマやらせてもたっらことがあります。その中で、私が強調したことは:

・たしかにKAIZENは、継続的な品質向上には有効な手法だ!

・しかし、それは年功序列や終身雇用とパッケージになった手法なので、雇用状況が異なる米国には適用できない!

・KAIZENは品質進化の方向を固定するという反作用があるので、抜本的なinnovationとは異なるものだ。むしろ、現場改善にさほど熱心でなく、新規事業創出やアントレプレナーシップの基盤がある米国企業のほうが、innovation志向ではないのか?

・GEMBA KAIZENはoperation-wiseには有効だが、戦略(Corporate strategy)には統合されがたい!

・むしろ、日本企業は、KAIZEN-TQMをパッケージ化した現場よりの「戦略」のため、固定的技術軌道に陥る可能性がある!

という話をしてずいぶんと物議をかもしだしたものです。

さて、時はめぐって2010年代。日本の医療サービスの現場はおろか、アフリカ、アジアなどでも5S-KAIZENが燎原の火のように普及しつつあります。私自身も、なぜか医療機関に対して、5S-KAIZENを指導する立場になってしましました。あんな毛嫌い(?)していた5S-KAIZENなのに、人生不思議なものです・・・。

そんななかで、少々、若気の至りを自己反省をしながら、最近マジメに考えたことをまとめてみます。

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日本産業を下支えしてきた5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)、改善、TQM(総合的品質管理)が、日本の医療サービスのみならず、アジア、アフリカにまでも浸透しつある。筆者は、日本、スリランカ、コンゴ民主共和国の医療現場を訪れて、5S-KAIZEN-TQM活動に関する調査を行った。本稿では、そうして得られたこの運動が持つ普遍的な有効性に関する知見を共有したい。

 ①真の参加(participation)

この運動には受動から能動へ、心のベクトルを変える作用がある。特に、整理・整頓・清掃はだれにでも出来て、成果を体感することができる。従来のアフリカの健康・医療サービスの現場では、言われてもやらない、現場の物品を盗むことなどが多発していた。また日本でも、「やらされ感」が蔓延して能動的に現場を改善できない職場が多いが、この運動は、どのような状況でも、関係者の「参加」を引き出すことができる。

 ②内発的報酬系の刺激(intrinsic reward)

旧植民地そして今でもアフリカ諸国で幅を利かせるマネジメント手法は欧米系のものである。また日本においても、脱年功序列の掛け声のもと「成果主義賃金」が導入されて久しい。そこでは個人や組織の実現すべき成果を事前に予定し、実現された際には個人や組織に対してインセンティブを与えようとする。外発的報酬が過度に操作的に運用されると、充実感、達成感、やりがいなど内側から湧き上がる内発的報酬が枯渇する。この運動は、関係者の内発的報酬系を刺激する。

 ③アクション・リサーチのループ(action research loop)

問題だらけの個人、職場、地域にはたらきかけ、その結果を五感で受けとめ、さらに改善を加えてゆくというポジティブなサイクルの中に心身を置くと、心身は気持ちよくなり楽しくなる。システム科学の知見でも、このようなアプローチは、ソフトシステム思考のアクション・リサーチ手法として注目を浴びつつある。

 ④動学的メンタル・モデル(dynamic mental model)

経営は、人、モノ、金、情報、空間、時間の編集作業だが、この運動は、経営諸資源の相互関係に埋め込まれている「意味」を紡ぎだし、気づかせる働きがある。その気づきが、小集団、業務改善グループ、インフォーマルグループなどの小組織から、公式的な大組織へと展開される自己組織的運動のなかで、行動様式(ethos)としてメンタル・モデル化される。他者、自己の成功体験が物語として累積的、動学的にメンタルモデルを強化することになる。

 ⑤自己組織化(self organization)を支援

医療サービスには以下の特性がある。すなわち、各種ステークホルダが経験を共有してサービスを創る(共創性)。モノとして後に残らない(瞬時性)。医療チーム、患者がともにかかわってサービスは高度化する(共進性)。あらゆる場でサービスは創発され伝搬する(偏満性)。健康医療サービスを扱う組織は、自己組織的であり、5S-KAIZEN-TQM運動は、この方向性をサポートするものである。

 我が国医療マネジメント、とくに、医療機関マネジメントの今後の展開を模索するにあたり、以上の示唆は新しい方向性を提供するものであると考えられる。

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