物語りの刻印

大学サイクリングクラブの1年先輩のI城さんの訃報が届いた。

ほどなく葬儀のあと、OB20名弱が大手町に集まった。大企業の役員や社長になっているOBもいれば、子供の貧困対策に高校教師の立場から見事なソリューションを立ち上げている先輩もいる。めでたく早々にビジネスから引退してご隠居生活を満喫している者もいる。

こういう多様な仲間に心のこもった追悼集会をやってもらえるなんて、I城さんよかったですね。

さて破天荒きわまりなかったI城さん。しかし、妹さんによると高校時代(四国一の進学校)までは品行方正だったらしく、これまたビックリだったのだが。

品行方正とは相容れない、破天荒で珍奇な一件がある。

おなじく破天荒という点では一脈通じるK田さんとI城さんと小生とで早稲田の西門から馬場下方面へ続く坂道を横切ってちょっと行ったところの飲み屋で飲んだことがあった。前夜、I城さんの手持ちの資金はアルバイトで稼いだ金を元手にして賭け麻雀で数倍となり、今晩はなにも心配するなということになったのだ。

飲んだ後大酒呑みの二人は、下戸の小生を連れて千鳥足で高田馬場駅前へ。当時は駅前のロータリーの真ん中あたりに噴水のような池のようなモノがあった。

I城さんさんいわく、「オマエ、水泳得意だよな。あの中で泳げ!」。K田さんいわく、「先輩の命令だぞ、泳げ!」

ということで夜になっても暑い夏の日だったので、まあそれもいいかと思い、コンクリートで囲まれた池の中に入り、反対側に向けて水の中を歩き始めてみる。すると水の中に潜んでいた管のようなものに足をとられ、アタマからザブンと水の中へ転げ落ちてしまった。

水の中から見上げれば、I城さん、K田さんは腹を抱えて笑い転げている。その回りには、飲んでからの帰り道とおぼしき通行人が20人くらいたむろして手をたたいたり、奇声を発したりして盛り上がっている。

ずぶぬれになって池から上がると、I城さんとK田さんは、「よくやった。でもオマエ、体冷えたろ?体温めにまた呑みに行くぞ!」

やれやれ。

お二人に比べ格段にアルコール許容量が少ない小生としてはいい迷惑なのだが、先輩の命とあっては従うしかない。まあ、先輩のおごりだからいいか。

ずぶぬれの若者を快く入れてくれるというか、そんなことは気にしない飲み屋が、当時の栄通りにはまだあったのだ。

おまけに呑んだくれて歩けなくなってしまったK田さんを栄通りから下宿までオンブして早稲田通りを歩くハメに。それでも酔ったK田さんをおんぶして、K田さんの下宿まで送り届け、力尽きた3人は狭いK田さんの下宿で翌日の昼過ぎまでドロのように寝たのであった。

学部学生時代のアホな一件。K田さんもすでに故人。そして、残念ながら、I城さんもその列に加わってしまった。

ゆえに、このアホな一件についてのこの世での記憶の継承者は小生のみになってしまった。薄ら寂しいことだ。

このようにして、その人をその人たらしめてきた記憶の累積は、逝ってしまうことによって徐々にその人を囲んでいた社会のネットワークから消えてしまうことになるのだろう。そして、また新しい記憶が新しい人たちによって付加され、累積されてゆく。こうして、集合的な、あるいは小さなコミュニティの記憶は連綿と新陳代謝を繰り返すことになる。

物語りの刻印。

亡き者の物語りが徐々に社会から消えてなくなることに抗することはできないだろう。しかし、人間の欲望とはキリがないというか、創意工夫には限度がないというか、SNSやブログを死後、ネットの世界に残してゆこうという動きが出てきている。

ゆえにこんな時代、ネット上にたわいもない物語り、あるいは狭隘で定性的なインフォメーションを敢えて刻印しておくということは、残された者と消えゆく運命にある共有された物語りへの、そして故人たちへの、彼らとの関係性への、せめてものリスペクトなのかもしれない。

ご冥福を祈るばかりである。


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