第13講:中国人と仲良くする方法(チャイナ的人間関係への棲み込み)

 様々な矛盾を抱える中国だが、今後中国市場は日本企業を含め外資系企業にとって何としても食い込みたい金城湯池だ ろう。中国ビジネス成功の秘訣は「人間関係」だが、日本語でいう「人間関係」と決定的に異なる「チャイナ的人間関係」の機微を知らなければ、チャイナ社会 への食い込みは無理だ。そして食い込むためには「棲み込み」が必要となる。

 昨年、中国の清華大学と大連理工大学を訪れて、学術や財界で活躍する方々と親しく意見を交換する機会を持った。中国人の方々と囲む会食は楽しいものだが、よく話題になるのがビジネスパートナーの作り方、人間関係の構築方法である。

 国と国、企業と企業、大学と大学、すべての関係性の出発点は個人と個人のやりとりから始まる。文化・歴史・商習慣の背景が異なると、もちろん行き違いは多くなる。だからこそ、この行き違いのリスクを軽減させることによるメリットは計りしれない。

 真のビジネスパートナーとは、「第12講:古今東西、CIAの対日工作にまで通底する『孫子』の系譜」で論じたような共同謀議、つまり、共に謀(たばか)りを企てるほど親密かつ戦略的な関係のことをいう。中国企業と競合して謀りを企てたり、知的財産権がらみの偏頭痛を被っている企業ももちろんある。筆者の周りにもまた中国ビジネスで悲惨な目に遭っているケースは多い。

 日本企業側の経営戦略の稚拙さもさることながら、おうおうにして人間関係のハンドリングで過ちを積み重ね、結果としてビジネス面で泣きを見ることが多 い。そこで今回は、前回の講義で紹介した『孫子』の『用間篇』に続き、「チャイナ的人間関係」の機微について考えてみよう。

 

チャイニーズ・ビジネス達人のコンピテンシー分析

 とある大企業に鮫島寛一(仮名)という中国ビジネスについて達人級の黒幕的なプロがいる。この人物は、中国政府、中国共産党、企業、大学に独自の人脈を持ち、この人がいなければ、その会社の中国ビジネスはまったく進まない状況だった。

 その企業は、第二、第三の鮫島氏を育成しようと躍起になっており、その人材開発プログラムづくりの一環として鮫島氏のコンピテンシー(能力特性・行動特 性)を分析してくれと筆者に依頼してきたのだ。そこで、異文化対応型ハイパフォーマ分析(high performer analysis)を行うことになった。

 まずはコンピテンシーについて少々解説しておきたい。

 コンピテンシー研究に関しては、人的資源管理論(human resources management)における蓄積が顕著である。その世界的な学術的潮流の中核に位置しているのは、「Hay McBer」と呼ばれる、人的資源や組織行動のマネジメントに特化したコンサルティング・ファームである。ハーバード大学のマクレランド教授が創設した会 社である。

 ロバート・W・ホワイトは有機体のメタファを組織論に延用することが流行った1950年代に、コンピタンスを「環境と効果的に相互作用する有機体の能 力」と定義した(White 1959)。しかし、マクレランドはコンピテンシーを、「達成動機の研究を基盤にして人的資源に内在する適性である」ととらえたのである。それゆえに、コ ンピテンシー(competency)とコンピタンス(competence)は似た用語ではあるが、術語としては異質なものであり両者は異なる。

 マクレランドの系譜で初期のコンピテンシー研究をリードしたボヤティスによれば、コンピテンシーとは「動機、特性、技能、自己イメージの一種、社会的役 割、知識体系などを含む個人の潜在的特性」である(Boyatis 1982)。その系譜を発展的に継承した中心的研究者でマクレランドの系譜に立つライル・スペンサーによれば、コンピテンシーとは、「ある仕事や場面で、 外部基準に照らして効果的、もしくは優れた業績を結果としてもたらす個人の基礎を成す特性」を指す(Spencer 1993)。

 ライル・スペンサーの本は、「コンピテンシー・マネジメントの展開」として日本語訳されており、人事関係あるいは部下をお持ちの読者ならば必読書として 薦めたい。実は筆者とスペンサーは、同じHay Groupにいたこともあり、ベルギーなどで会っては教えを請うたり、議論したりしてきた間柄だ。

 さて件の鮫島氏には、リーダーシップ、対人関係能力、イニシャティブといったコンピテンシーには人を抜きんでたものが備わっている。しかし、彼に潤沢に 備わっていて、他の中国ビジネス担当者に欠落しているものは、濃密なチャイナの古典と社会に対して、自分を放ち、棲み込むくらい積極的で濃密、かつ極めて 特異な属人的性向である。

 彼は高校生のころから漢文、漢籍(中国の書籍)に親しんでいて、中国の要人と接するたびに仕事のことはさておき、中国古典に関する意見、知見を交換して きたのだ。不明な部分があれば手紙で質問したり、後日、研究して新しい解釈を開陳したり、という具合に。鋭い質問に相手が答えられない時は、その相手は、 大学の先生や読書人(知識階級に属する人々)を紹介する。そうして、鮫島氏のまわりには、自然と人脈が形成されることとなった。

 こうして鮫島氏は、インナーサークルの機微な情報・知識を共有するキーパーソンになっていった。必然的にビジネスも彼のまわりに属人的に形づくられるようになっていったのだ。

認識人、関係、情誼、幇会とともに深まる人間関係

 「そうか、中国の古典を学んで、その知識を中国人に開陳すればいいのか」と思われる向きもあろうが、それはあまりに短絡的だろう。鮫島氏は、中国の古典のみならず、中国の人間関係の法則を熟知しているのだ。

 中国では、宗族と呼ばれる親族集団の内か外かで、まったく人間関係が異なる。宗族とは、共通の祖先を持ち父系の血縁で結ばれていると考える人々によって 組織された集団である。彼らは同じ姓を持ち、祖先祭祀や族譜(一族の家系記録)の編纂などの活動を行う。また、同じ姓の男性と女性とは結婚できないという 同姓不婚の原則がある。

 宗族外にいる日本人としては、中国ビジネスを進展させるためには、インナーサークルの人間関係、つまり「認知人(レンシーレン)→関係(クアンシー)→ 情誼(チーイン)→幇会(パンフェ)」と呼ばれる人間関係の濃密さを絶対的に強めてゆく集団に受容される必要がある。ちなみに認識人とは日本語の「知人」 に近いニュアンスを持つ。「関係」は文字通り、認識人よりも特定の文脈で深い仲、つまり関係を持つ仲。さらに情誼は深い人情と誠意とともに濃密な利害関係 を共有する仲である。「幇会」は、より強固で排他的な仲間関係となる。

 認識人→関係→情誼→幇会に連なる非公式的な人間関係はいわばチャイナ社会の法則(図1)。外延部では契約が権利義務の関係を規定する が、中心に向かうに従って契約ではなく人間関係そのものが権利義務を左右するようになる。チャイナ社会が、いまだ法が支配する法治社会ではなく、人間関係 が支配する人治社会であるといわれる、1つのゆえんがここにあることに注意されたい。

 チャイナ社会の法則

 
図1●チャイナ的人間関係

 

 売官、土地の使用権利の不正移転、貸付金の私的流用、課税を違法に減免してキックバックを得る、密輸、汚職、贈収賄といった腐敗現象が、全国の中国共産 党組織や警察組織にまで蔓延している。これらの腐敗は、幇会が穏密に発達していることと無関係ではない。中国の腐敗分子の特徴は、インフォーマルな利益共 有集団を形成して不正な利益を獲得するシステムを囲いこむことであり、そこには幇会の原理が発動している。
 
 腐敗は共産党が管掌する人事部門、行政の中心である省委員会、宣伝部、民法院、検察院、公安局まで広範囲、かつ深部にまで及び、腐敗を作るのは共産党党 員がほとんどである。だから、中国では、共産党党員を対象に紀律(規律)違反、法律違反ケースの受理、調査、処分を行う専門部局である紀律検査機関を設置 せざるを得なくなっている。

 ちなみに中国企業や行政機関との契約でトラブルを起こす外資系企業が後を絶たないのは周知の事実。チャイナ社会での契約は、認識人→関係→情誼→幇会と いうように、人間関係を深めてゆく入口に建てる“一里塚”みたいなものだ。つまり契約の締結は、本格的な関係構築を始めるスタート・ラインくらいに思って おいた方がいい。そして関係が濃密なものになるに従って、法治主義の要の契約の位置づけは薄くなり、代わって前述した幇会的な人治主義が断然優位となって くる。チャイナ社会における契約の位置づけは、「第7講:ユダヤの深謀遠慮と旧約聖書」で解説したような、西側諸国のユダヤ・キリスト教的「契約」に淵源する資本主義の契約関係とは異質なものだ。

 社会主義市場経済の大きな矛盾は、市場経済によってもたらされる利益を、社会主義を推進する共産党組織内の幾千万もの幇会が不正に搾取し、その腐敗を共産党が摘発するという自家撞着の構造にある。

 その上で「チャイナ的人間関係」に入るためには、認識人、関係、情誼、幇会に関する深い理解とともに、特殊な文脈へ自らをディープに埋め込むことが必要 不可欠だ。鮫島氏は、四書五経(『論語』『詩経』など儒教の書物の中で特に重要とされるもの)をはじめとする漢籍に関する教養がその契機となった。

 今日では、論語などを積極的に学校の授業に取り入れて儒教の再評価が進んでいるものの、中国共産党は、長年、特に文化大革命期には「儒教は革命に対する 反動である」として儒家思想を徹底的に弾圧した。よって、学齢期が文革期と重なっていると、知識人でも四書五経の知識は限られている。

 「ほほう、中国人でも知らない古き良きことを深く知っている鮫島はたいした者だ」と思う隣人が次第に増え、「日本鬼子」(リーベングイズ)と悪口を言う代わりに、四書五経や武経七書について彼と語り合う人々が増えていったのだ。

チャイナ的人間関係は制度変革を超越している

 「幇」には、公式的・公開的な「幇派」と非公式的、秘密主義的な「幇会」とがある。さらに幇派には、血縁(同姓の親戚グループ)、地縁(省、県、郷、 村)、業縁(業種、業界、専門職)がある。幇会には、政治的な利害を共有するもの(洸門、三合会、致公堂など)と非公然的な反社会的勢力(天地会、海陸山 など)がある。
 幇派、幇会のいずれにせよ、「幇」の性質として一度契りを結んで仲間になれば、強固に排他的な仲間関係(自己収束的な集団)を形成していく。幇は中国に 独特な行動様式を形成してきており、幇という集団が消長する歴史が千数百年間も繰り返されてきている。チャイナ社会のシステムを維持する方向で作用してき たのだ。

 湯武討伐、易姓革命、儒学官僚支配、共産党一党独裁のように中国社会の体制を外形的に規定する原理は変遷してきたが、幇は中国社会に内在していて一貫して機能してきたと見立てることができる。つまり、幇はチャイナ社会を形成する内在的な社会システムなのだ。

 

暗黙知の次元と棲み込む力

 さて、ビジネスのリテラシーといえば、だれしもが、戦略、マーケティング、財務会計、人的資源管理、アントレプレナーシップ、統計の活用、オペレーショ ン、リーダーシップといったようなビジネス・スクールのコア・カリキュラムのようなものを思い浮かべるだろう。こうした汎用的で一般的なナレッジに、その 会社独自の文脈が加わって、その人なりのビジネスのリテラシーが形成される、とよく説明されたりする。

 しかし、同じようなカリキュラムで学び同じようなビジネスの文脈に身を置いても、中長期的には仕事の出来、不出来に雲泥の差が生じるのは、何かほかの決定的に重要な要素があるからである。その1つが「対象に棲み込む力」である。

 この「対象に棲み込む力」は図2のような式となる。つまり、いくらカリキュラム的な形式知を頭に詰め込んでも、a=棲み込み係数が低ければ、y軸の実践力は高まってこない。Y=aX+bの直線の周辺に沿うように、スパイラル状に実践力は高まっていく。

 対象に棲み込む力としての実践力

図2●対象に棲み込む力としての実践力

 

 この実践力という特殊な力は、新規プロジェクト立ち上げ、起業、イノベーション創発のような特別の機会に力を発揮する。しかし、この特殊能力は言葉でスンナリと説明できるような代物ではない。とても暗黙的なのだ。

 マイケル・ポランニーは、ゲシュタルト(形態)は認識を求めるときに能動的に経験を編集するプロセスで形づくられ、その形成と統合こそが「暗黙の力」 で、その暗黙の力が進化の動因でさえあると意味深なことを言った。石井淳蔵は、ポランニーの暗黙知を下敷きにして、優れた経営者やマネージャが新しいビジ ネスモデルや新規事業を生み出すメカニズムに迫っている。その際のキーワードが「対象に棲み込む力」である。

 石井によれば、扱っている製品、サービス、顧客、市場データなどは「近位項」に相当する。そして、棲み込んだ結果、そこに生まれる関係性、画期的発明、 新規ビジネスモデルなどが「遠位項」となる。棲み込む対象は実はなんでもよい。近位項とは、部分の性質や特徴で、遠位項とは部分が統合された全体である。 近位項は手がかりでもあり、遠位項は手がかりによって得られる全体的な成果である。

食い込みの前に首尾一貫した「棲み込み」あり

 鮫島氏の場合は遠位項がビジネスにおけるダークないしはグレーゾーンを含むチャイナ的人間関係、大陸における新規ビジネスの創出。鮫島氏は近位項と遠位 項を無意識的に行ったり来たりしながら、社内はおろかグループ企業を含めても他を圧倒する断トツの中国ビジネス実践力を体得していったのだ。

 紹興酒を片手に目を細めて笑いながら中国ビジネスのツボを語る彼は、なんとも言えない清濁併せ呑むような首尾一貫した雰囲気を放っている。彼が持つもの は、人生の当事者として身の回りの世界に首尾一貫した意味のある一体感(sense of coherence)であり、人生を手中にしている感覚だ。首尾一貫感覚とは、自分と身の回りの世界に十全な一体感を持ち自分の存在を有意味なものとして 受けとめる健康的な感覚である。

 中国ビジネスの文脈に食い込む以前に、首尾一貫した棲み込みがあったのである。そしてその棲み込む対象は、チャイナ社会の人間関係。このような暗黙的で ありながらも特殊な実践力を持つ人材は、旧来の学校秀才タイプにはあまり出現しない。なぜなら、カリキュラム的形式知の記憶に長けていても、対象を選び、 そこに棲み込むパワーが欠けていたのでは文脈に応じた断トツの成果を生み出せないからだ。

 

ビジネスの足腰としての棲み込み力、諜報謀略力

 『孫子』の『用間篇』では、敵対する対象に棲み込む力に焦点が置かれるが、アライアンス、パートナーづくりといった対象に対する友好的なかかわり方でも、対象に棲み込む力は重要な役割を発揮するのである。

 グローバル市場で各国のベンチャー企業、大手企業が覇権をかけて激しく競合し、企業同士の合従連衡は盛んになる一方だ。特に今後は中国企業によるM&Aをテコにした事業展開に弾みがつくだろう。

 このような情勢で、ビジネス展開における棲み込み力、諜報謀略能力の有無が企業戦略を大きく左右することとなる。このような特殊な棲み込み力、諜報謀略能力を保持する人的資源を確保することが競争優位に立てるか否かを決するのである。

 「日中友好」のスローガンを叫ぶのではなく、現場で「日中友好」を展開するのは実は生易しいことではない。いかに社会主義市場経済の現場の奥底に蠢く 「チャイナ的人間関係」に接触し、関与していったらよいのか。さらには、どのような機微を織り込んで人間関係を構築していったらよいのか。諜報謀略論から 見るチャイナビジネスへの棲み込み、食い込みは重い課題だ。

 

    【参考文献】

  • Robert White, “Motivation Reconsidered: The Concept of Competence”, Psychological Review 66:297-333
  • Richard Boyatzis, “The Competent Manager: A Model for Effective Performance”, Wiley-Interscience、1982年
  • ライル&シグネ・スペンサー 、「コンピテンシー・マネジメントの展開―導入・構築・活用」、2001年
  • 石井淳蔵、「ビジネスインサイト」、2009年
  • シンガポールのチャイナ社会を分析したレポートして「華人社会について ~華人社会の三角関係~」(PDF)が示唆に富んでいる。

 

引用:諜報謀略講座 ~経営に活かすインテリジェンス~ – 第13講:中国人と仲良くする方法(チャイナ的人間関係への棲み込み) :ITpro

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