第2講:プロフェッショナルがインテリジェンスを学ぶ理由

 プロフェッショナルを目指す人は誰でも、インテリジェンスの素養を涵養すべきである。第1講で説明した通り、インテリジェンスは、個人、企業、国家の方 針、意思決定、将来に影響を及ぼす外部の情報を収集、分析、管理し活用する一連のプロセスを指す。すなわちインテリジェンスは個人、企業、国家の基礎体 力、基礎的な知力であり、したがってプロフェッショナルが身に付けておくべきものと言える。

細分化が進むインテリジェンス

 インテリジェンスにおいては、多様な知や知の素材を扱う要請が強い。主としてデータや情報の収集手段を軸にして便宜的に次のように分類される。

(1) オシント(OSINT;Open Source Intelligence):
新聞、雑誌、公開企業の財務諸表、営業報告書、学術論文など、一般的な活字媒体やインターネットから得られるデータ、情報、知識。ソースコードが公開されているオープンソース・ソフトウエアも含まれる。

(2) ヒューミント(HUMINT; Human Intelligence):
人が人に接触して収集するデータ、情報、知識。相手の経歴、身体的特徴、思想傾向、雰囲気、性癖、言語化されない暗黙知も含まれる

(3) シギント(SIGINT; Signal Intelligence):
通信、電磁波、信号などを傍受して収集されるデータ、情報。シギントはさらに以下のように分類される

・コミント(COMINT: Communication Intelligence):
通信傍受や、暗号ならびにトラフィックの解読によって得られるデータ、情報
・エリント(ELINT: Electronic Intelligence):
レーダーなど非通信用の電磁放射から得られるデータ、情報
・アシント(ACINT: Acoustic Intelligence):
水中音響情報などによる潜水艦、艦船および水中武器の音響から得られるデータ、情報

(4) イミント(IMINT: Imagery Intelligence):
航空機や偵察衛星によって集められる画像的データ、情報

(5) テリント(TELINT: Telemetry Intelligence):
開発実験や訓練活動の際に発信される信号(テレメトリー)から得られるデータ、情報

 データと情報の収集手段の多様化にともない、このようなインテリジェンスの細分化が進んでいる。インテリジェンスにおいて、多用されるデータと情報は、 一般的な活字媒体やインターネットから得られるオシント、人が人に接触して収集するヒューミントから得られることが多い。ちなみに筆者は技術インテリジェ ンスに関するコンサルティングにおいても、オシントとヒューミントを重視している。

 さらに、上記以外にも色々なインテリジェンスのソースがある。例えば、政府要人や企業のトップの健康状態を知るために、その人物が宿泊するトイレやバスタブから排泄物、体毛、皮膚の残存物などを採集し、確定的な診断名まで遡及することはよくなされている。

戦争の歴史を直視し、インテリジェンスの教訓を学ぶ

 以上の分類をご覧になった時、戦争や軍事を想起された方がおられることと思う。実際、インテリジェンスのあり方について戦争の歴史が重要な示唆を与えて くれる。冷静な目で見つめれば、戦争はイノベーションの結果であり、イノベーションの源泉でもある。戦争を数多く経験してきた国ほど、良かれ悪しかれイン テリジェンスを発達させている。

 戦争の立案、実行、評価はインテリジェンス活動と表裏一体をなす。大東亜戦争敗戦後60年経ち、明らかになってきた事実関係の情報は膨大な量だが、こうした情報を活かし、インテリジェンスの視点から日本軍の行動を分析することが重要である。

 ちなみに戦時中は当事はインテリジェンスという言葉は敵性語だったので、諜報、謀略、秘密戦などと呼ばれていた。インテリジェンスを便宜的に「情報」と 翻訳したのは先人の操作もしくは失敗である。インテリジェンスのニュアンスを正しく伝える日本語訳は、本連載の題名とした「諜報謀略」だ。

 日本軍の諜報、防諜活動の不手際、インテリジェンス活動の不備は、多くの敗因の一つとして、多くの論者が一様に指摘しており、以下に示す言説が一般的なものになりつつある。

・真珠湾を奇襲する前に、日本側の暗号はすでに解読されていた。
・ノモンハン事件では、そもそも作戦目的が曖昧で、もたらされたデータや情報に対する解釈に独善性や過度の楽観性があった。その一方、戦闘では白兵戦の突撃精神が極度に重視され被害が増した。
・ミッドウェー作戦では作戦目的が絞られずに輻輳的だった。暗号は敵に解読されていた。また、予期せぬ不測事態(コンティンジェンシー)が起きた時の対応 策が弱かった。この戦いで日本は空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍の4艦を失い、大きく日米の勢力帰趨を分けることになった。大本営発表ではこの事実が操作さ れ隠蔽された。
・ガダルカナル作戦では、貧困な情報のもと、戦力を小出しに投入するやり方に終始し、しかも陸軍と海軍の連携は十分でなく、散発的な対応に留まった。
・インパール作戦は、目的合理性を欠いた作戦立案、実行であり、上層部の面子、人間関係を過度に尊重する二重規範が横行していた。
・レイテ沖海戦では、参加部隊が統一的な戦略企図を共有、理解しないまま戦闘に突入している。栗田艦隊の迷走などにみられるように作戦行動に目的合理性を欠いた。

 日本軍の行動から得られる教訓は数多い。個々の諜報、防諜活動を大戦略の基にいかにして統合すべきか。戦略の文脈の中で、どのように作戦を立案し、実 行、戦果を評価すべきか。そして、国家運営、戦争遂行におけるインテリジェンス・マネジメントの脆弱性と薄弱性を問題としなければいけないだろう。このよ うな問題意識の延長線上に、国家とは何なのか、国家に通底するインテリジェンスの基礎としての歴史をどう観るのかといったテーマが浮上する。

 日本軍に内在する行動原理を究明する試みとして、名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野 中郁次郎著、中公文庫)においては、先述した個々の作戦行動を敷衍して鋭い分析がなされている。同書には次のように書かれている。

 日本軍の戦略策定は一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。これはおそらく科学的思考が、 組織の思考のクセとして共有されるまでには至っていなかったことと関係があるだろう。たとえ一見科学的思考らしきものがあっても、それは「科学的」という 名の「神話的思考」から脱しえていない。

  この本が提示するのは、戦後の日本組織一般も日本軍の体質を濃厚に継承しているのではないか、という根源的な、しかも鉛のように重く暗い仮説である。同 著がダイヤモンド社から出版されたのは1984年のことだ。以来、論壇、歴史家、経営学者、戦争経験者からは明瞭な反証がなく、知識層を中心に『失敗の本質』は読み継がれている。

 インテリジェンスではなく、情緒や空気によって、あるいは呪詛・呪術的思考で組織が運用される弊害は少なくない。ちなみに山本七平は、日本を支配する行 動様式は「空気」であると喝破した。昨今、「KY(空気が読めない)」が略語として巷に流布しているのを見るにつけ、いまだ空気は日本人の行動規範の根底 にあるのだと実感する。日本人全体を操作するために、日本人をとりまく「空気」そのものが諜略の対象になってきている。

インテリジェンスの組織化を図る

 インテリジェンスを体現する個人、企業、国家は発展するが、インテリジェンスが貧困な個人、企業、国家は凋落してゆく。したがって発展しようとする組織はインテリジェンスを確立し、共有し、次世代に継承しようとする。

 米国には中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)、連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省(DHS)がある。ちなみにCIAの「I」はインテリ ジェンスであるから、本当は中央諜報局と訳すべきだろう。英国には秘密情報部(SIS)、保安部(MI5)、政府通信本部(GCHQ)、国防情報本部 (DIS)などがあり、ロシアには連邦保安庁(FSB)、対外諜報庁(SVR)がある。韓国には国家安全企画部があり、日本では内閣情報調査室、公安調査 庁、警察がある。

 公式的にはこれらの組織がインテリジェンス活動を行うが、興味深いのは各国とも、これらの公然インテリジェンス組織をインフォーマルに緩やかに結ぶ、あるいは超越する非公然の自己組織的ネットワークを持っていることである。

 国別に見ると、戦争経験、帝国経営経験、植民地支配、知を尊重する気風、コモン・ロー(自然法)の伝統、産学官連携などにより、専門機関レベルでは英国のインテリジェンスが他国を凌駕しているとされている。

 今年(2008年)4月から、内調(内閣情報調査室)に、「カウンターインテリジェンス・センター」が置かれ、動き出した。あえて隠匿せずに「カウン ターインテリジェンス・センター」という名称を付けたのは、国家としての防諜体制に不備があった、あると当局が認めているからである。

 その一例が、当の内閣情報調査室の男性職員が、在日ロシア大使館の2等書記官に内政情報を漏らしたとされる事件である。今年1月18日付の産経新聞は次のように報じた。

 内閣情報調査室の男性職員(52歳)が、在日ロシア大使館の2等書記官(38歳)に日本の内政情報を漏らしたとさ れる事件で、書記官がロシア軍の諜報機関「軍参謀本部情報総局(GRU)」所属の情報員とみられることが17日、警視庁公安部の調べで分かった。男性職員 が書記官などロシア大使館員らから約400万円の現金を受け取り、見返りとして自ら情報提供を申し出ていたことも判明した。

 現代のグローバル社会において、国家の競争力を左右するのは軍事力だけではない。技術という名の知識と技術を活用したビジネスが国に富をもたらすように なったからだ。したがって国家レベルでのインテリジェンス活動は、軍事のみならず、技術とビジネスを明確な対象にしなければならない。

 だからこそ、国家の競争力を支えるプロフェッショナルの教育体系にインテリジェンスが採用される必然性がある。インテリジェンスを理解し、実践できるプロフェッショナルが増えることは、起業、企業、国家の活性化に直結する。そして、「モノづくり(製造産業)」、「コトづくり(経験・サービス産業)」を通 じた産業立国に寄与していくからである。

諜報謀略講座 ~経営に活かすインテリジェンス~ – 第2講:プロフェッショナルがインテリジェンスを学ぶ理由:ITpro

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