COVID19の地域感染に備えて医療機関がただちに準備すべきこと

以下は、Johns Hopkins Universityの Eric Toner, MD, and Richard Waldhorn, MD がFebruary 27, 2020 の時点で公開した重要文書を訳出したものです。 COVID-19の地域感染に対応するため、医療管理上の危機管理のポイントをまとめたものです。日本には、CDCに相当する組織もなければ、Johns Hopkins University Center for Systems Science and Engineering (CSSE) に相当するセンターもありません。よって、以下は日本国内の医療管理関係者にとり参考になると思われます。(山畑佳篤さんが粗訳したものを適宜改訂、下線は松下)危機管理型の地域連携、多職種連携が重要となります。

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WHOとCDCはCOVID-19のパンデミック(すでにこの文書では事実上のパンデミックを認定してこの用語が使われていることに注意)の可能性を織り込んだ準備を世界中のヘルスシステムに呼びかけてきた。この文書の目的は、米国の病院の経営管理者と臨床家に、COVID-19のパンデミックに備えて病院が何をすべきであるか具体的な判断項目を提供することである。これは、2006年に公開されたインフルエンザパンデミックに対する文献を更新したものだ。これらの推奨事項は、インフルエンザパンデミックの影響に関する著者の分析、数多くの病院の既存の計画、連邦政府による推奨の分析、および医療、公衆衛生、緊急事態管理の多くの指導者との会議に基づいている。これらの推奨事項の多くは検証が不可能な多数の仮定に基づかざるを得ないこと、合理的な仮説に基づいた試行であることを認識しつつ、我々は、病院がパンデミック時の運用をよりうまく行えるように準備の議論を進めることを目的に、特定の行動と優先順位づけについて提案する。この解説は病院に関するものであるが、長期療養施設、外来診療所、診療所、その他の医療施設も緊急に準備する必要がある

緊急で行う準備に関する議論

現在進行しているCOVID-19の地域的流行は、多くの重要な側面でインフルエンザパンデミックの初期段階ととてもよく類似しているようにみえる。インフルエンザと良く似て、発症前伝播も含め、ヒトーヒト間で効率的に拡散している。真の死亡率は未だ明らかにはなっていないが、全てのエビデンスを照合すると、前世紀のインフルエンザパンデミック(注:1918年のスペイン風邪)以上とは言わないものの同じくらいの死亡率であることが示唆される。中国におけるCOVID-19確定患者の死亡率は1-3%程度と予測されているが、この数字は軽症や無症候性感染者を数に入れていない。湖北省以外のいくつかの地方での死亡率は1%未満である。比較材料として2009年のインフルエンザパンデミックでは死亡率0.1%、1968年と1957年の米国におけるインフルエンザパンデミックでは死亡率約0.5%、1918年のインフルエンザパンデミックでの米国のおける死亡率は2.5%と予測されている。

 COVID-19の疫学的知見が完全に得られるまではかなりの時間が必要であるため、COVID-19がパンデミックインフルエンザと似ていることを考慮すると、何十年にもわたり広く研究されてきたモデルを使って対策を開始するのが合理的である。新型インフルエンザパンデミックの脅威に対しては、長年にわたり国際的にも、国家レベルでも、地域レベルでも、準備がなされてきた。1918年規模のインフルエンザパンデミックが発生した場合、病院には治療を求める患者が殺到すると思われる。

 COVID-19のパンデミックが病院に与えるインパクトは、今後最善の状況となろうとも、いっそう深刻なものであることが予想される。現在、米国の病院ではフル稼働またはフル稼働に近い状態で日常的に運営されており、サービスを迅速に増やす能力は限られている。現在、全ての職種のヘルスケア人材が不足している。救急室は過密に混雑し、他の病院に患者を転送させるということも日常的に起こっている。

 ここ数年、病院数、病床数、救急外来数が全体として減少傾向にある(この傾向は日本と同様)。地域流行時には医療従事者が大幅に減少する。医療従事者は感染患者と接触するため、感染リスクにさらされている。多くは感染した家族のケアのために家にとどまり、ワクチンがないために致死的な感染症を家庭に持ち帰る恐れから仕事に来なくなるかもしれない。COVID-19患者および非COVID-19患者双方に対する医療サービスの提供は、ほとんどの地域で悪影響を受けるだろう。

 COVID-19に対する詳細なモデリング予測は米国政府からもWHOからも未だリリースされていないが、米国保健福祉省(HHS)はインフルエンザパンデミックに対する公式の予測モデルをリリースした。一つは1968年または1957年の中程度のパンデミックモデル、一つは1918年の深刻なパンデミックモデル。現時点においては、これらは最良のツールとなる。二つのモデルの間では入院患者数、集中治療患者数、人工呼吸器装着数で10倍の違いがある(Table 1)。

Table 1 米国保健福祉省 パンデミックに対する予測モデル

中規模シナリオ(1968年参考)            非常に深刻なシナリオ(1918年参考)

3,800万人の医療ケア                 3,800万人の医療ケア

100万人の入院                            960万人の入院

20万人のICU入室                     290万人のICU入室

 参考として、米国内には46,500のICUベッドがあり、危機時には同数のICUとして扱うことが可能な病床がある。数カ月にわたって症例が分散したとしても、需要と資源のミスマッチは明らかである。

 中国ではECMOで治療を受けた患者がおり、同じように米国のECMO使用可能な医療センターではその準備を始めている。ECMO使用可能な米国の病院では、需要が資源を超えた場合に、この希少な資源をどのように割り当てるかを考えておくのが賢明であろう。

決められた準備

 上記のような計算に基づけば、中規模のパンデミックですらその準備を行うことが困難な挑戦であると思われる。この分析の目的においては、以下のような準備の定義を用いる。

・全ての病院は他の病院や公的な医療機関と協力し、パンデミックの最中もその後も、コミュニティにおける他の基本的な医療サービスを維持しつつ、入院を要するCOVID-19患者に対する適切なケアを提供できるようにする。

 この定義において、「適切なケア」の内容と入院の基準はパンデミック中に大きく変わるであろうことを織り込んでいる。

最優先事項

パンデミックに対する地域内での連携に関わる個々の病院や病院群は、初期の準備努力を以下に列挙する優先分野に集中するべきである。

1. 実際のCDC FluSurge予測に基づいた各病院での包括的かつ現実的な計画立案、および地域における全ての病院間での連携の計画

2. 医療施設内でのウイルス感染を限定的にするための行動

(1)医療従事者を防護し病院の労働力を維持する;

(2)病院が感染増幅装置になることを防止する;

(3)COVID-19非感染者を感染から守り、COVID-19非感染者に対する基本的な医療提供体制を維持する。

3. 病院の労働力の維持、増強、拡大

4. 最大多数に最大利益をもたらすように、限られた医療資源を合理的、倫理的、組織的な方法での割り当て。

実行すべき特定の優先事項

上記の優先的目標を導入するために、病院では以下に列挙する特定の行動を実行すべきである。

1. 包括的かつ現実的な計画立案プロセスの採用

・それぞれの病院に少なくとも1名の常勤の危機管理監を雇用する。

・常勤の感染予防実務者を、教育、訓練、演習など感染予防の準備業務に専念させる。

・危機管理監、感染予防実務者と緊密に働く医療ディレクターを指名する。

・全ての臨床部門および中央部門の代表者と上級管理者を含む、パンデミック準備委員会を組織する(または既存の救急管理委員会を使う)。

・近隣の病院、地域を管轄する公衆衛生機関、救急管理機関を含む、地域の医療連合に参加する。複数病院群で連携している場合は、システム全体の計画を他の地域病院による地域計画を統合すべきである。(地域連携、多職種連携の重要性)

・COVID-19に対するモデル作成ツールや予測モデルまだ無い。CDCはFluSurge2.0を開発した。これは米国保健福祉省の予測モデルと組み合わせて使用し、中程度のパンデミック、深刻なパンデミックいずれの場合でも計画を導くことができる。FluSurgeでは1968年パンデミックを予測の下敷きとしている。深刻なパンデミックの影響を予測するために米国保健福祉省の深刻なパンデミックの予測モデルでの入院数を代入して予測を立てている。

1週間前の通知でCOVID-19感染者用に病院の認可病床数の30%を空けるようにする。退院の促進、退院待ちエリアの使用、一人部屋を二人部屋に改装する、閉鎖エリアを開放する、などによって数時間で病院の病床数の10-20%は動員できる。ロビーや待合エリア、教室などの平らなスペースを改装することで数日のうちに病院の病床数の10%を獲得できる。

・2週間前の通知でCOVID-19感染者用に少なくとも地域の認可病床数の200%を作ることができるように地域計画で協力する。

電話やインターネットでの相談窓口を活用して病院の救急部門への不必要な受診を減らす。

2. ウイルスの院内感染を抑制する

・CDCは医療施設でのCOVID-19の感染制御に関する優れた技術ガイダンスを提供している。

・咳エチケットを導入し、パンデミック期間中に施設内に入る全ての人(スタッフ、患者、訪問者)に外科マスクを着けることにより、院内環境の偶発的な汚染を制限する。パンデミック機関には供給が困難であることを想定し、3週間分のマスクを備蓄する。

・スタッフが感染するのを防ぐため、医療従事者に個人用保護具(PPE)の使用と感染制御手順を訓練し、PPEを備蓄する。現在はPPEの入手は限られているが、病院はできる限り購入し、地域でのアウトブレイクは数週間から数ヶ月続く可能性があることを認識すべきである。医療従事者を防護する必要性は非常に 高く、可能であれば最高レベルのPPEを用いるべきである。COVID-19感染者と直接接触する医療従事者はN95マスクを使うことを呼びかける。(日本ではN95マスクの不足しているが、早急に増産、流通させるべき)これはCDCのガイドラインにも記載されている。高リスクのエアロゾル発生手技を用いる時には動力付き空気清浄機能つき呼吸器(PAPR)を用いるべきである。

・COVID-19感染者に暴露されるスタッフの数はコホート化することにより制限する(専用ユニットと専用スタッフ:Figure 1)。残業と長時間シフトを活用してCOVID-19ユニットで必要となるスタッフ数を制限する。可能であれば免疫のある(感染から回復した)スタッフをCOVID-19ユニットで使用する。

・感染したスタッフが働くことを防止するため(COVID-19感染者は除く)具合の悪くなったスタッフを追跡し、COVID-19の検査を行い、可能であればCOVID-19感染が確認されたスタッフのログを保存する。

Figure 1 コホート化

                            COVID-19の可能性がある症状をスクリーニング

                            インフルエンザや他の呼吸器病原体の検査を行う

                            可能であればCOVID-19の検査を行う

コホート1                    コホート2                              コホート3

COVID-19陽性者         臨床的疑い例だが          臨床的に疑いがなく

検査結果保留                         検査結果陰性

                                          このグループの患者では

                                          飛沫予防策が必要

3. 病院の労働力の維持、増強、拡大

・インフルエンザの可能性を減らすために全てのスタッフにワクチンを接種する

・学校が閉鎖されている場合、スクリーニングされたボランティアを使用して、医療従事者の健康な子供のための在宅ケアを整備する。

・病気の家族のために医療デイケアを供給する。

・開かれた、正直で、透明性のある計画と慎重な訓練を通じて恐怖を和らげる。

・臨床スタッフを閉鎖的で静かな部署から最もニーズの高い部署にシフトさせる。「適時」教育と多職種連携チームの「バディ化」を導入する。

・「適時」教育とチームの「バディ化」を導入することで、臨床スタッフを必ずしも従来のやり方にとらわれないやり方で人員で補強する。

(1)臨床経験のある医療専門家(管理者、研究者、退職者など)

(2)関連する医療専門家(歯科医、獣医、救急隊員など)

(3)臨床部門以外の病院職員

(4)臨床部門以外の外部人員

を用いる。それぞれのグループに特化した訓練と業務手順を事前に作っておく必要がある。

・地域でボランティアを募集して使用するために、他の病院と計画を調整する。

4. その結果最大多数の最大幸福が得られるようにするために、非緊急治療を延期する、必要であれば代替治療を行う機関に送るなどして、限られた医療資源を合理的、倫理的、組織的な方法で割り当てる。

・どのサービスやどのタイプの手技がどのくらい延期できるか、その結果がどのようになるか、から優先順位をつけ、延期される患者への代替計画を作成する。状況の変化に応じてこの計画を更新するプロセスを作成する。延期された患者を追跡するプロセスを作成する。

・緊急時や危機発生時の基準にスムーズに移行できるように計画する。深刻なパンデミックでは集中治療を要する全ての患者がICUに入室できるわけではない。通常の人員配置と運営手段では機能は維持できない。

・ICU並みの治療を提供できる他の場所を院内で計画しておく(例:カテーテルラボ、カテ回復室、手術室、術後回復室、内視鏡室など)

・緊急時や危機発生時の基準を導入する。この計画は相互扶助協定を含め、利用可能な全ての資源を使っても従来の基準を維持できないときに正当化される。これらの決定における法的および倫理的枠組みは危機発生に先立ってよく検討されるべきである。病院のポリシーと手順の変更は、医療スタッフや公的機関との相談の上、病院上層部のリーダーシップの積極的な決断によって導入されるべきである。

・危機下における治療基準に関わる報告書6のような国のガイドラインに基づき、地域の他の病院と協力体制を作りながら、集中治療資源(例:集中治療室入室、人工呼吸器、侵襲的モニタリングなど)の適応(または適応外)基準や臨床ガイドラインを作成する。

・入院、早期退院、蘇生など、限られた資源が競合する患者をトリアージするプロセスを確立する。これらの決断は単独でなされるべきではない。これらの決断を行うための基準は事前に作成され、医療スタッフと病院管理者によって公式に認可されている必要がある。

進め方

COVID-19のパンデミックは避けられそうにはないが、米国における深刻度はまだはっきりしない。(注:日本のほうが地域内感染の程度、蔓延の程度が早く訪れているので深刻度の予想は早期にすべきだろう時がたてば明らかになるが、その間病院の準備は遅れてはならない。パンデミックが起こってしまった場合、準備ができていない場合の予測可能なコストは、人的にも、社会的にも、政治的にも莫大なものにならざるを得ないだろう。病院の最高経営責任者と理事会メンバー、州および連邦政府職員を含む全てのレベルでの意思決定者は以上の問題点とその進め方を考えるべきである。最優先事項のうちのいくつか(包括的かつ共同的な計画、数少ない資源の割り当てについての議論、教育と訓練の計画など)を実施するにはかなりの時間を要する。病院はこれらの行動をいますぐ始めるべきだ。

References

  1. Toner E, Waldhorn R. What hospitals should do to prepare for an influenza pandemic. Biosecur Bioterror 2006;4(4):397-402. http://www.centerforhealthsecurity.org/our-work/publications/2006/what-hospitals-should-do-to-prepare-for-an-influenza-pandemic. Accessed February 25, 2020
  2. US Department of Health and Human Services. Pandemic Influenza Plan.  https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/pdf/pan-flu-report-2017v2.pdf. Accessed February 25, 2020.
  3. Centers for Disease Control and Prevention. FluSurge 2.0. Reviewed August 22, 2016. https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/tools/flusurge.htm. Accessed February 25, 2020.
  4. Hick JL, Hanfling D, Burstein JL, et al. Health care facility and community strategies for patient care surge capacity. Ann Emerg Med 2004;44(3):253-261.
  5. Centers for Disease Control and Prevention. Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). Infection control. Reviewed February 24, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/infection-control/index.html. Accessed February 26, 2020.
  6. Hanfling D, Hick J, Stroud C, eds. Committee on Crisis Standards of Care. Crisis Standards of Care: A Toolkit for Indicators and Triggers. Washington, DC: National Academies Press; 2013. http://www.acphd.org/media/330265/crisis%20standards%20of%20care%20toolkit.pdf. Accessed February 25, 2020.

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