このところ、各地の看護協会や病院で瞑想ワークショップを提供することが増えた。アカデミックな根拠に立脚する技術(アート)を医療の現場やそれをたばねる医療系の職能団体にたいしてアウトリーチする活動だ。
東京都立墨東病院で、多職種連携トレーニング「ウェルビーイング組織風土の醸成ワークショップ」を開催させていただいた。その一環として、ポジティブ感情を涵養するアート、つまりサイエンティフィック・メディテーションのセッションをやっている。
後に述べるように科学的な効果が実証されていので、サイエンティフィック・メディテーションと呼んでいる。また実践的な組織科学をめざす「ヘルスケア経営学」のなかでもウェルビーイングを高めるサイエンティフック・メディテーションは重要な位置づけを帯びている。
写真はその時の風景だ。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、医療工学技士、言語聴覚士、事務職など各職種の部長、科長、リーダー格の参加者はま~るくなって椅子に座り静かに呼吸をととのえ瞑想し、受講生の円の真ん中に筆者が印(ムドラー)を結んで半跏趺坐(はんかふざ)で座りながらファシリテーションする。半跏趺坐とは片足を他の片足のももの上に組んで座るすわりかたをいう。
さて、仏教、道教、儒教、道教、キリスト教、イスラム教、そして、特にそれぞれの宗教のエソテリック部門(密教)には修行の方法論として瞑想技法が伝承されている。とりわけ上座部仏教から伝承されてきた禅宗の流れを汲む瞑想技法(mindfulness meditation)は米国、欧州では人気が高く広く受け入れられている。
コーネル大学に留学していた80年代あたりからウェスト・コーストあたりから勢いづいたnew age movementの影響を受け、東海岸の比較的伝統(保守)的なアイビーリーグの大学キャンパスでもさかんに瞑想ワークショップが行われていた。
チベット僧から正式な伝法灌頂を受けたことのある私は、請われてmeditation workshopで瞑想指導をやったものだ。ものめずらしさも手伝ってか、東洋人ヒッピーが語るZENの教条や天台魔訶止観の蘊蓄は米国アカデミアでは思いのほか歓迎された。平安時代に日本に伝わり、天台の方ではシャマタを意識の一点集中トレーニング・システムとして「止」の瞑想、ヴィパシャナを意識の拡大拡散トレーニング・システムの「観」の瞑想、両者を合わせて天台魔訶止観だ。
でも日本ではオームの一件の悪い影響が尾を引いていて「カルト」臭くなるので宗教に関する教条はあえてほとんど語らないようにしている。なので、日本でやるときには科学的に実証されたメソドロジー(方法論)とユーティリティ(効用)に焦点をあてるサイエンティフィック・メディテーションの体裁をとっている。
私は社会科学の一学徒であると同時に、一粒の塩のような小さな瞑想者だ。指導をするためには科学でも宗教でも「方法論」が必要だ。宗教の視点から方法論を用いるのか?あるいは科学の視点から方法論を用いるのか?social scientistである私はシステム科学の視点からの方法論をとる(とらねばなるまい)。そして体系化された科学的瞑想の方法論がScientific Meditationである。
ポジティブ心理学のセリグマンは、ウェルビーイングを高めるための 5つのメジャーな要素をPositive Emotion(ポジティブ感情)、Engagement(集中、没入、没頭、熱意、エンゲージメント)、Relationships(関係性)、Meaning(意味、意義)、 Accomplishment(達成、実現、成功)を頭文字をとって PERMA モデルとしている。セリグマンの発展的な理解(善き批判)者として小林正弥は、これらにautonomy(自律)を加えてることにも注意したい。
カウンティング・メディテーション(数息観)など初歩的な瞑想でもウェルビーイングのPERMAの各要素、そしてそれらの組み合わせを格段に高めることができる。科学的に検証された効果、エビデンスは英語圏を中心に積みあがっている。以下はほんの一部だ。
・心と体のリラクゼーションを促進し、ストレスホルモンであるコルチゾールのレベルを低下させる(Goyal, 2014)
・集中力や注意力を高める効果がある(Tang, 2015)
・ポジティブな感情を促進し、ネガティブな感情を抑制し感情的な安定をもたらす(Lutz, 2008)
・心臓血管の健康を促進し免疫機能を向上させる。慢性疾患のリスクを低減させる(Black, 2016)
・短期記憶やワーキングメモリーに対してポジティブな影響を及ぼし記憶力が強化される(Jha, 2010)
・問題解決やアイデアづくりができるようになる。創造性を高める(Colzato, 2012)
・ハーバード大学とマサチューセッツ総合病院では、マインドフルネス瞑想プログラムを実施した参加者が、記憶、自己認識、共感、ストレスに関連する脳の領域で灰白質密度の増加を示した(Lazar et al.,2011)
・マインドフルネス瞑想によるストレス低減の研究では、脳の神経可塑性に基づいた変化が観察された。特に扁桃体の灰白質密度の減少が確認され、ストレスや不安の軽減が確認された(Hölzel et al.,2011)
・瞑想トレーニング後も日常活動中に扁桃体の反応が減少し感情的ストレスの低下に寄与している可能性が確認された(Desbordes, 2012)
・マインドフルネス瞑想は医師の燃え尽き症候群の軽減、共感力の向上、心理的な健康の改善に寄与する(Krasner et al., 2009)
・看護師向けのマインドフルネス訓練プログラムが、ストレス管理、健康改善、職場でのウェルビーイング向上に効果を示した(Suleiman, 2020)
ではなぜ、瞑想するとこれらの効果が現れるのかについて解明した研究はとんとない。生命体はそもそも自己組織性という原理の上に立っている。生命が持続するから生きている。よりよく生きるためには生命現象の根っこにある自己組織性を高めるといい。
なぜ瞑想は多様な効果をもたらすのか?
答え。瞑想は自己言及とゆらぎのはたらきを活性化させてヒトの自己組織性を高めるからだ。
そもそも呼吸は生命現象にとって「ゆらぎ」のようなものだ。ストレスに圧迫されると、呼吸は浅く早くなり、その場から逃げたくもなるし苦しくもなる。ゆっくり落ち着いた呼吸をくりかえせば、人は静けさを感じながら平安を感じる。吐く息、吸う息を1,2,3・・・・と静かに数えることがシンプルな「自己言及」となる。人は死んだら息をしなくなるので、こうして自然に息ができている自分の命に感謝しながら単純に自分の息をカウントすることが「自己言及」になるのだ。
息という字は「自」分の「心」と書く。洒落ていえば、自分の心が「息」となる。息をちゃんとすることが活き活きした活動につながるし、生き生きした人生にもつながってゆく。ウェルビーイングとはイキイキするということだ。そして、イキイキは「生き生き」、「活き活き」、そして「息息」だ。
息に集中して息をしずかに数えることが自己言及となり、身体とこころを結びつけ、というか身と心の関係にポジティブな「ゆらぎ」をもたらし自己組織性をたかめてくれる。
さきほどのPERMAモデルで説明すれば、おおむねこうなる。呼吸に集中し没入、エンゲージして集中する(Engagement)。瞑想中はニュートラルな意識を維持するものだが、瞑想を終えるとネガティブ感情が次第に薄まりポジティブ感情の静かな波が心に去来するようになる(Positive Emotion)。
気持ちがポジティブになれば、自然と人間関係も瑞々しいものとなり良くなる(Relation)。善い人間関係のなかで協力、連携することによってチームはより善い成果を実現するし、創造的にもなり成功確率も高くなる(Accomplishment)。そして瞑想することで生きている意味、はたらく意味などいろいろな気づきも生まれてくるし、それらを仲間と共有すればもっと大きな意義にもなる(Meaning)。
こんな一風変わったワークショップだ。でも東京、日本を代表するウェルビーイング・ホスピタルを目指す広域基幹病院でのワークショップだ。Scientific Meditationあるいは科学的瞑想で一隅を照らす、である。
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