病院経営の世界では、「ヒト・モノ・カネ・データ」が経営資源の四天王とされてきた。だが、そろそろこの名簿を刷新しなければならない時代に来ている。そこに加わるべき“新たな一角”こそが――そう、「ウェルビーイング」である。
医療組織の究極の目的は患者のウェルビーイング
病院や診療所が存在する理由を一言でいえば、「患者のウェルビーイングを高めるため」である。治療の成否や在院日数の短縮だけでなく、患者が安心し、納得し、希望を持って生きられるようにすることこそが、医療の究極の目的だ。言ってみれば、医療組織は「ウェルビーイング組織」なのである。白衣、聴診器、医療機器、薬剤、手術室、病床、そして多様な専門職が提供するサービスはそのための道具にすぎない。
目的であり、同時に手段でもあるウェルビーイング
しかし、やや逆説的だが、ウェルビーイングは「目的」であると同時に「手段」でもある。職員自身のウェルビーイングが損なわれていては、患者のウェルビーイングを高めることはできない。反対に、職員が生き生きと働き、協働し、互いを尊重できる環境が整えば、それ自体が患者のウェルビーイングに直結する。つまり、ウェルビーイングは「ゴール」であると同時に「エンジン」でもある。
財務的にも無視できない効果
この“エンジン”を軽んじるとどうなるか。離職率が上がり、新人採用や教育に余計なコストがかかる。逆に、ウェルビーイングが高ければ定着率が向上し、採用コストを抑えられる。さらに筆者が関与した実証研究によれば、主観的幸福感が高い看護師はチーム医療に積極的に参画し(松下ら, 2021)、その結果チーム医療が活性化すると平均在院日数が短縮される(藤谷・松下ら, 2023)。病床回転率が高まるのだから、経営効率も改善する。まるで「幸せのバトンリレー」が病院全体を駆け抜けるように、ウェルビーイングは経営効率にも直結する。だから、ウェルビーイングは病院経営を駆動する経営資源なのだ。
戦略と現場をつなぐ「架け橋」
打ち上げ花火のように、新しい診療体制の導入や医療DXといった戦略を打ち出すのはある意味容易いことだ。しかし、現場の医師や看護師、薬剤師やセラピストのウェルビーイングが低ければ、その戦略は実行に移される前に空回りしてしまう。逆に、安心して挑戦できる環境が整えば、現場は自発的に戦略を推し進める。ここでもウェルビーイングは、戦略と日常業務をつなぐ「架け橋」として機能する。その架け橋だが、具体的には、科学的に信頼性・妥当性が確かめられた質問票で、職場の現状を客観的にあぶりだしてから、介入として、多職種にわたるぶっちゃけ話、生成的対話、社会的感情学習などから始めると効果的だ(松下, 2024)。
社会的信頼を得るための条件
さらに近年は、ESG経営や人的資本経営の観点から、医療機関も「人を大切にする組織」であることが強く求められている。慢性的な人手不足のなか、成果を生み出すことができる人的資源はますます希少資源化しているからだ。このため、ウェルビーイングをマネジメントする姿勢は、患者や地域社会や医療専門職の各種職能コミュニティからの信頼を高め、病院ブランドの価値を押し上げることにも繋がる。
結論は明快だ。ウェルビーイングは、病院にとって「究極の目的」であると同時に、「経営を動かすエンジン=資源」でもある。患者のためにウェルビーイングを生み出すには、まず職員自身のウェルビーイングを活性化しなければならない。つまり病院とは、「ウェルビーイングをつくり、そしてウェルビーイングで走る」二重の意味での“ウェルビーイング駆動型組織”なのである。
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