
4月、5月、6月と、少しずつ新しい大学での生活にも慣れてきた。初めは勝手の違いに戸惑うこともあったが、キャンパスに吹く風や、すれ違う学生たちの表情にもようやく馴染んできたように思う。新しい環境に身を置くというのは、年齢を重ねてもなお、ある種の緊張とわくわく感を同時に呼び起こすものである。
前期は大学院の講義を二つ担当している。「ヘルスケア経営学」と「ヘルスケア・データサイエンス概論」。いずれもディスカッションを中心に据えたクラスで、教員と学生が一緒になって問いを深めていく。やはり、授業というものは教える側が楽しんでいなければ、学生も心を開かないものだ。知の共有というより、共に創る「共創」の場としての授業。
そんな空間ができてきた手応えがある。思えば母校コーネル大学のクラスは徹底的に「問い」を共有してガンガンとディスカッションを重ねる対話型。20代で得た経験を追っているようだ。
さて、研究室には片倉シルクキャンピングの自転車を一台置いている。製造されてから半世紀も経つビンテージものだが、走りにはまったく問題ない。いや、問題がないどころか、東京のダウンタウンを走るには十分すぎる性能だ。気分転換を兼ねて、近隣の大学や図書館へ足を延ばすこともしばしば。自転車というのは、速度と自由をほどよく両立させてくれる、都市生活のよき相棒だ。
休日や少し時間ができた夕方などには、ポタリング(気ままな自転車散歩)に出かける。根津神社の緑陰に立ち止まり、諏訪山吉祥寺の静寂に耳を澄まし、駒込天祖神社の境内で深呼吸をし、六義園の季節の移ろいに目を見張る。どの場所も、それぞれの時間の流れ方をしていて、心をほどいてくれる。人も都市も、こうして静と動のバランスの中にあるのだろう。
7月には、気心が知れた自転車仲間と界隈を走る予定だ。都内はチャリ友のネットワークからのアクセスも良く、頻繁に行き来できるのがいい。学部母校のWにも近いので、W系の集まりも楽しみだ。
それやこれやで、文京区界隈のそこかしこに、歴史の陰影が刻まれているのを見つけて、見つめるのも楽しい。新しい職場、新しい学生たち、そして変わらぬ興味と好奇心。汗ばむ季節の空気のなかで、今年の前半が静かに、しかし確かに進んでいる。

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