看護とイノベーションに「遊びココロ」を

8月初めに高度実践看護学会(日本CSN看護学会)学術集会で「高度看護実践におけるイノベーションの創出」についての講演を頼まれている。だが、講演だけで神戸を新幹線で往復するだけでは、いかにもアソビ心がない。さて、どうするか。4駆にキャンプ道具を積んで、会場の神戸まで行き、帰りは明日香、近江、琵琶湖でアウトドアやフィールドワークをしながらちょいアソビも交え楽しむこととした。さりとて、講演コンテンツは本や論文のモトにもなるので、忘れないように貼っておく。

1. マジメさは看護の美徳。でも、マジメだけからはイノベーションはうまれない

看護師のマジメさは現場の強みだが、それだけでは新しい価値は生まれにくい。

看護の現場では、患者さんに対して真摯に向き合うマジメな人が多い。それは看護職の誇りであり、専門職としての信頼性を支える要素でもある。だがそのマジメさが、「こうあるべき」「ミスしてはいけない」という意識を強め、結果として自由な発想を押しとどめてしまうことがある。新しい視点や仕組みを生み出すためには、この“マジメ一辺倒”から、少しだけはみ出してみる勇気が必要だ。

2. イノベーションには“アソビ心”が必要だ

新しい発想は、ゆるさと余白の中から生まれる。

イノベーションは、既存の延長線上ではなく、枠の外からやってくる。だからこそ、ちょっとしたアソビ──「こんなこと言ったら笑われるかも」「でも、やってみたら面白そう」──そんな発想が大切になる。
アソビ心とは、ふざけることではなく、「余白」と「許し」のこと。失敗しても笑える空気や、言いたいことを言える関係性が、創造の源になる。

3. 生成的対話とイノベーションは、“雑談”からはじまる

雑談こそが、創造的な対話の入口である。

イノベーションには、異なる視点や知見を持つ他者との対話が不可欠だ。特に「生成的対話」と呼ばれる、互いの視点を重ね合わせて新しい意味を生むプロセスが重要である。
しかしその入口は、決して堅苦しい会議ではない。実は、日常の何気ない会話や雑談こそが、互いの考えを知り、信頼を深め、新しい発想を誘発する土壌となる。

4. コロナ禍が奪った“余白”と“偶然性”

三密回避・黙食により、職場から雑談が消え、イノベーションの機会も失われた。

コロナ禍による感染対策は、医療・看護の現場に大きな影響を与えた。なかでも深刻だったのが、雑談や気軽な会話の消失である。
安全を最優先するなかで、偶然の出会いや軽いひとことが制限された結果、他職種との対話の芽も摘まれてしまった。これは、看護の実践を閉塞させるだけでなく、現場から創造性を奪うことにもつながった

5. だからこそ、形式ばらない“対話の場”をつくろう

生成的対話の芽を育てるには、雑談できる環境を意図的につくることが大切。

看護師が多職種と連携しながらイノベーションを生むには、安心して自由に話せる「場づくり」が欠かせない。
たとえば、ワークショップのような半公式の場でもよいし、ランチを共にする、あるいは気軽な勉強会なども有効だ。
こうした“アソビ”のある関係性のなかでこそ、生成的対話は育ち、やがて現場を変えるアイディアへとつながっていく。

6. マジメさ+アソビ心=ケアの未来

看護師が自らの枠を少しだけ緩めれば、ケアはもっと進化する。

マジメさは看護の本質に欠かせない。しかし、そこに少しだけ“アソビ心”を加えることで、新しい価値の扉が開かれる
看護師が主体となって多職種とつながり、日常の対話の中から生成的な気づきを得ること。それが、これからの高度実践看護を支える鍵になる。
真剣にふざける、勇気をもって遊ぶ。そこから、現場の未来は変わり始める。

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