マムダニ氏勝利とニューヨーク医療改革のゆくえ

■ 小見出し一覧

  1. 中道政治の終わり──なぜ“無名候補”が勝てたのか
  2. マムダニはなぜ「社会民主主義の騎手」と呼ばれるのか
  3. ニューヨーク州医療制度に迫る大転換の兆し
  4. New York Health Act(州版メディケア)再浮上の可能性
  5. Managed Care 依存からの脱却という構造改革
  6. 精神医療・地域包括ケア強化という社会民主主義的アプローチ
  7. ケアワーカー待遇改善が医療改革の中核になる理由
  8. 結語──ニューヨークは“社会民主主義的ヘルスケアモデル”の実験場となる

1. 中道政治の終わり──なぜ“無名候補”が勝てたのか

6月に行われたニューヨーク市長選民主党予備選で、若手進歩派のズーラン・マムダニ氏が元州知事アンドリュー・クオモ氏を破った。そして11月4日、市長選挙に勝ってニューヨーク市長となった。ニューヨークに住んだこともなく、なんとなくトランプ大統領の動向を伝える大手マスコミの目線からアメリカをぼーっと眺めるような人たちから見れば、「番狂わせ」に見えるようだが、実際にはアメリカ都市政治の底流を流れる構造変化を反映した必然の結果と見るべきだろう。

シカゴでは、進歩派教師出身のブランドン・ジョンソンが市長になっている。ボストンでは、進歩派、公共交通無料化を公約にぶち上げたミシェル・ウーが、そしてロサンゼルスではコミュニティ運動出身のカレン・バスが市長になっている。(翻って、前橋市長や伊東市長のレベルの低さは底を抜けている。お寒い限りだ)

都市部の有権者、特にアメリカのミレニアル世代とZ世代の社会参加意識と政治意識は大きく変わりつつある。日本の同じような世代に比べ、おしなべて政治的要求が明確だ。彼らの優先課題は、従来の「治安・経済成長」ではなく、

  • 住宅の手頃さ
  • 公共交通の拡充
  • 気候変動対策
  • 公衆衛生・地域のケア
    といった社会民主主義的テーマに移行している。

クオモ氏は「中道」の既存政治・財界協調の象徴(オワコン?)として扱われ、反対にマムダニ氏は、その逆張りで「草の根・生活者・公共性」の象徴として支持を集めた。


2. マムダニはなぜ「社会民主主義の騎手」と呼ばれるのか

マムダニ氏の政策には既視感がある。欧州型社会民主主義の都市モデルだ。だから、社会民主主義に一定の理解を持つリベラル知識層からも以下の政策は大いに共感を集めた。ニューヨーク州内には、コーネル、コロンビア、NYU、シラキューズ、レンセラー、州立など幾多の大学があるが、もともとリベラル色が強く「反トランプ」が根強い大学リベラル勢力からも以下の政策は支持されている。

  • 住宅の公共財化(家賃凍結、公的住宅供給)
  • 移動の権利の保障(バス無料化)
  • 労働者の権利保護と地域コミュニティ再生
  • 高所得者・資本への再分配強化

これは単なる“左派政策”ではなく、アメリカ都市政治で長くタブー視されてきた「市場領域の再公共化」を前面に押し出す点で特徴的である。だからアメリカの政治シーンでは、都市型社会民主主義の最前線と言える。市場主義を否定して、公共性を前面に押し出す政策は、非市場原理的なのだ。だから至上主義者、市場原理主義者、新古典派経済学を金科玉条として保持する側から見れば、厄介者とならざるを得ない。


3. ニューヨーク州医療制度に迫る大転換の兆し

私がニューヨーク州内の大学に留学していた頃から現在に至るまで、ニューヨーク州は本来、全米でもっとも医療制度改革に積極的な州である。その背景には、

  • 医療費の高騰
  • 民間保険依存による断片化
  • 人種・地域による健康格差
  • 精神医療とホームレス問題の深刻化
    がある。

マムダニ氏の勝利によって、これらの領域に対してより大胆な公共政策が導入される可能性がぐっと高まったと言えるだろう。


4. New York Health Act(州版メディケア)再浮上の可能性

やや専門的になるが、NYHA(New York Health Act)は、州単位の単一支払者制度=州版Medicare for Allを実現する法案として長年議論されてきた。一見「社会主義的」に見えるこの法案を巡る議論は、近年は停滞していたが、今回の進歩派勢力の拡大により、

  • 医療費負担の軽減
  • 保険会社の中抜き削減
  • プライマリケア強化
    といった理念がにわかに注目されている。

マムダニ氏は、医療を市場任せにしない、市場から医療を救い出すという立場から、NYHA推進勢力の象徴的存在となるであろう。


5. Managed Care 依存からの脱却という構造改革

ニューヨークはMedicaidの多くを民間MCOに委ねる「Managed Care モデル」を採用してきたが、

  • プライマリケアの断片化
  • 行政コスト増大
  • 利用者保護の弱体化
    が顕在化し、再公営化(public option)への議論が高まっている。

社会民主主義の立場では、「医療は利益事業ではなく公共サービスである」「公共性が強い医療・保健・福祉・介護は市場原理だけに委ねるべきではない」と考えるため、Managed Careからの脱却は理論的に必然である。こうなってくると、Managed Careから長年利益を得てきた勢力から見れば、トンデモない政策として目に映る。だからトランプ大統領は、このところしきりのマムダニ氏を口撃している。


6. 精神医療・地域包括ケア強化という社会民主主義的アプローチ

ニューヨーク市では、

  • ホームレス問題
  • 精神疾患への対応不足
  • 地域医療の脆弱化
    が深刻化している。

マムダニ氏の視点は、これらを「治安問題」ではなく「ケアの問題」と捉える点で特徴的である。ケアという視点で複雑な問題をリフレームしたことも多くの有権者から支持を集めてきた。

  • 公営クリニックの強化
  • 地域ヘルスセンターの拡充
  • メンタルヘルス支援の再構築
    これらは、まさに欧州、とくに北欧型社会民主主義の政策とうりふたつだ。

7. ケアワーカー待遇改善が医療改革の中核になる理由

医療・介護・地域ケアは労働集約型産業であるが、アメリカでも、日本のようにケア労働者の賃金が低く待遇も劣悪である。社会民主主義の医療改革では、

  • 最低賃金の大幅引き上げ
  • 研修・教育制度の公的支援
  • 職場の安全と心理的安全性の確保
    が不可欠となる。

マムダニ氏が強調する「公共サービスの再評価」は、ケア労働の本質的価値を回復する試みでもある。つまり、長年低賃金に抑制されてきたケア労働者の賃金を大幅に上げる方向に振れることになるだろう。


8. ─ニューヨークは“社会民主主義的ヘルスケアモデル”の実験場となるだろう

マムダニ氏の勝利は、ニューヨークが都市型社会民主主義のモデルケースへと進むことを意味している。

  • 医療の公共財化
  • ケア労働の再評価
  • 住宅・交通・医療を統合した生活保障モデル
    が動き出せば、ニューヨークはアメリカにおける「新しいウェルビーイング都市」の実験場となる。

医療はもはや“ビジネス”ではなく、住民が尊厳をもって生きるための社会的インフラ、であるという思想が、ようやく主流へと近づきつつある。宇沢弘文的にいえば「社会的共通資本」である。ニューヨークで起きている変化は、一都市の選挙結果にとどまらず、アメリカ医療の未来を大きく形作る転換点となるであろう。しばらくはこれらの動向から目が離せない。

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