久慈の北三陸海岸

八甲田山界隈の高原と酸ヶ湯を楽しんでから一路、進路を394号線に沿って東の方向にとり七戸へ。三沢、奥入瀬、陸奥、そして八戸へ。

このあたりは、未知の土地だ。しかるに、東京農工大大学院技術経営研究科(MOT)時代の教え子(というか逆にいろいろ学ばせてもらった元学生)が岩手県の久慈にいて、長年会おう、会おうとお互い言いつつも、岩手は遠く、なかなか会えなかったのだ。

だからこの稀有な機会にぜひ会って語りあおうではないか!ということにあいなった。

大雨のなか、久慈のこぎれいな道の駅で、彼と再会。彼は、ウェル・ビーイング(健康と幸福)をど真ん中に置いて、久慈の地で老人のケア、こども達の福祉を専門とするNPO(特定非営利法人サロンたぐきり)を運営している。こころの健康・介護予防を中心としたサロン活動、うつ・認知症についての普及・啓発事業世代間交流としての保育園、障がい者施設での利用者と高齢者のふれあい活動世代間交流としての保育園、障がい者施設での利用者と高齢者のふれあい活動を行っている。

過疎化が進む同市で、獅子奮闘の活躍をする彼を見ると、MOT大学院で起業家精神(アントレプレナーシップ)を講じていた頃を思い出す。

彼曰く、起業に特化した大学院の授業がきっかりとなり、起業にむすびついたという。アントレプレナーシップが継承されて、種となり芽となり、花となる姿を見て、これも教育活動のひとつの成果かと、敢えて自分を納得させたりもする。感慨深くもある。そして、再会を祝し、久慈の街中で寿司をつまみながら酒で小宴会。

起業家精神(アントレプレナーシップ)の授業は、それなりの工夫を凝らした。営利型の株式会社の起業もあつかえば、非営利型のNPOやNGOの起業もカバー。いわゆる営利・非営利を越境してソーシャル・イノベーション全体を網羅。ようは、人生楽しむには、リスクをとって身の丈にあったノベーションを起こす構想を持って起業しようという起業家スピリットの鼓舞が根底にある。そして、そのような個人の「ゆらぎ」が集積して、再帰的に社会のためになればなおいい。

彼は起業プランを卒業時に書き上げ、その計画にしたがって、非営利の社会的事業を複数立ち上げている。ただし、いくら非営利とはいえ、事業モデルが持続するためには、利益を計上することが必要だ。ビジネスモデリング、マーケティング計画、キャッシュフロー計画など連動させて事業プランを作っていった。

この大学院の授業全体が幸い経済産業省の目にとまり認定を受けて、数百万の助成も受けた。起業家の自分としては、ぜひとも起業に関わるノウハウ≒コンテンツを体系化して、有力起業家を教室に招き入れ、アツイ議論をスパークさせ、イキのいい起業家を育成したかったのだ。なんとも野心的な授業だった。ともあれ後年、このアントレプレナーシップのコースは「医療看護イノベーション」など3冊の専門書の通奏低音ともなっている。また、この授業からは5~6人起業家を輩出した。

夜は、ありがたくも、彼の久慈郊外のこぎれいな家に転がり込んで泊めてもらう。教室でともに学んだ同時代の仲間として、話は尽きず。これ、温故知新といわずなんと言う?翌日は、おりからの低気圧接近のなか、北三陸海岸を案内していただく。曇天の鉛色の空に、鋭角的な岩峰が荒々しく押し寄せる波頭に抗するがごとくに屹立している。

彼の姿を見る思いがした。

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