梅棹忠夫の「文明の生態史観」が出版されたのは1974年のことだったので、ちょうど半世紀も過去のことになる。学生時代、インドとネパールを自転車で走った契機はこの本から受けた衝撃からだったし、その後新世界アメリカを学問を探求しつつ放浪したもの同著の影響があってのことだった。
当時たったの300円だった中公文庫だったのだが、増補新版は4倍の1200円で2023年に復刻されている。
この画期的なモデルは現在も有効なのか?検証してみよう。
ユーラシア大陸を東北から西南につらぬく砂漠やステップを含む一大乾燥地帯は暴力、狂暴、破壊勢力の源。そしてその外縁に4つの世界が広がる。つまり、I:中国世界、II:インド世界、III:ロシア世界、IV:地中海・イスラーム世界。これらの世界は、それぞれが、乾燥地帯から暴力の圧迫をうけていて、狂暴性と破壊性を内面化している。そして楕円形の両端には平行進化してきた西ヨーロッパと東の日本が位置する。
西ヨーロッパと日本の第1地域は、自己組織的に歴史展開してきている。「暴力の源泉からはとおく、破壊からもまもられて、中緯度温帯の好条件のなかに。温室そだちのように、ぬくぬくと成長する。自分の内部からの成長によって、なんどかの脱皮を繰り返し、現在にいたる(p202)。
第1地域は、歴史の型からいえば、塞外野蛮の民としてスタートし、第2地域からの文明を導入し、のちに封建制、絶対主義、ブルジョア革命をへて現代は資本主義による高度の近代文明を持つ地域(p200)となっている。
第2地域、つまり第1地域以外の地域は、もともと古代文明はすべてこの地域に発生しながら、封建制を発展させることなく、その後巨大な専制帝国をつくり、その矛盾になやみ、おおくは第一地の植民地ないしは半植民地となり、最近にいたってようやく数段階の革命をへながら、あたらしい近代化の道をたどっている地域である(p201)。巨大な専制帝国とは、中華帝国(隋、明から清帝国)、ムガル帝国、ロシア帝国、トルコ帝国などであり、これらの帝国が勃興しては衰退している。
1991年にソ連は崩壊して、ロシア連邦となり、中国は1993年に憲法を改正し、従来の「社会主義公有制を基礎とする計画経済」という規定を「国家は社会主義市場経済を実施する」と書きかえて専制的な一党独裁のもとで社会主義のもとでの市場経済を推し進めている。
さて以上が梅棹モデルの前提である。ところが残念なことに、大まかだった梅棹本人は、楕円形の左上と右下にある三角形については本や論文で論じていなかった。だから、不足分を補う意味でも、その三角形の意味を探ってみたい。2つの三角形の重要性は今日、日々増しつつある。なぜなら、現在のウクライナ、イスラエル(パレスチナ)、北朝鮮、台湾が直接的に関係しているからだ。いずれまとめて論考のようなものにしたいものだ。
上の図に示したように、IIIの専制君主プーチンが率いるロシアは、東ヨーロッパに位置するウクライナに侵攻して2024年現在戦闘継続中だ。西ヨーロッパがIVの地中海・イスラーム世界に無理やり入り込んだパレスチナでは、人造イスラエル国家とアラブが鋭く対立している。不倶戴天の天敵同士の人造国家イスラエルと神聖政治体制のイランはいよいよ互いの領土を直接攻撃するようになっていて、世界経済にどす黒い影を落としつつある。
かたやIの中国は、国の体裁は変わったが、国の体質はまぎれもない拡張的な帝国である。国家主席の在任期間を専制的に延長してしまった習近平は、さながら再生専制国家シナの専制君主気取りだ。かつては大日本帝国の一部だった北朝鮮は、ロシアと中国というユーラシアをまたぐ2大専制国家の直接的(かつ操作的)な影響下にあり、アメリカとその属国(保護国)の日本と先鋭に対立している。
そして中国が東南アジアに出てゆく3つの海、つまり東シナ海、南シナ海、フィリピン海が交わる位置に台湾があり、中国は中国固有の領土として「核心的な利益」と位置づけている。中国が台湾を攻める攻めないのかはもはや問題ではない。「いつ攻めるのか」という時間の問題だ。
梅棹モデルは、東洋ー西洋、資本主義ー共産・社会主義、一神教ー多神教といった安直で便利な2項対立モデルではなく、あくまでもシステム的な生態史観(systemic ecological model on civilizations)である。この生態史観は、歴史の展開を対立ではなく「平行現象」ととらえる。つまり、ウクライナの状況と近未来の台湾をめぐる紛争ないしは戦争は、偶発的に生じているものではなく、必然的な平行現象である。同様に(また気味悪くも)、イスラエルと北朝鮮も必然的な平行現象として、紛争と戦争の当事国となってゆかざるを得ない。また、隣接する日本が無傷ですむわけがない。
梅棹が世を去って14年だ。もし存命ならば、おそらくウクライナ、イスラエル、北朝鮮、台湾の状況を「平行モデル」を使って意気揚々に解説し「文明の生態史観」で展開してみせた梅棹モデルの有効性を説いたことだろう。
コメント