福祉医療の複合経営戦略:ウェルビーイング・マネジメントが導く最適解(研究メモ)

🏥 福祉医療の複合経営戦略:ウェルビーイング・マネジメントが導く最適解

複合経営の定義と戦略的必然性

福祉医療における複合経営とは、病院、介護施設(老健、特養など)、在宅サービス、有料老人ホームといった多様な医療・介護サービス事業を、同一法人またはグループ内で統合的に展開する経営モデルである。その目的は、地域包括ケアシステムの核を担い、内部資本維持コスト(ストック)の低減と取引コスト(フロー)の低減という二側面の経済合理性を最大化することにある。非営利の医療法人などでは、「株主資本コスト」という経営学の用語は用いないので、ここでは内部資本維持コストという用語で言い換える。

さて、この戦略的成功を支える新たな鍵が、ウェルビーイング・マネジメントの導入である。これは、職員と利用者の心身の健康と幸福度(ウェルビーイング)を高めることで、結果的に経営効率を高める戦略的投資なのである。詳細は拙著「医療者のためのウェルビーイング・マネジメント」を参照。本稿では、福祉医療の複合マネジメントにおいて、ウェルビーイングがどのように内部資本維持コスト(ストック)と取引コスト(フロー)の低減に貢献するのかをまとめてみよう。


1. ストックの効率化:内部資本維持コストの低減とウェルビーイング

内部資本維持コストとは、事業継続のために保有する資産、設備、人材(ストック)の維持にかかる費用および財務リスクを指す。複合経営は、ストックの共有による効率化に加え、ウェルビーイング・マネジメントにより人的ストックの価値を最大化し、コストを低減する。

🧑‍⚕️ 人的ストックの価値向上とコスト抑制

ウェルビーイング・マネジメントは、職員の健康増進や働きがいを重視し、離職率の低下生産性の向上という形で内部資本維持コストを低減させる。

  • 人材の定着率向上: 複合経営は、医療法人社団 慈誠会 グループのように、病院から老健まで多様なキャリアパスを提供し、職員の選択肢を広げている。これにウェルビーイングの視点を加えることで、「働きやすい職場環境」が整備され、人的ストックの流出を防ぐ。結果として、新たな採用・教育コスト(内部資本維持コスト)を抑制することに繋がる。
  • 生産性の向上: 職員の心身の健康を支援し、エンゲージメントを高めることで、サービス提供の質が高まり、ミスや事故の発生率を低下させる。これは、保険や監査、賠償といった間接的な内部資本維持コストの低減に直結する。特に、「幸福な専門職はチーム医療に『協力』する」という知見(松下ら, 2021)は、職員のウェルビーイングが、医療・介護連携の基盤となる人的ストックの機能性を向上させることを示唆している。

💰 資産ストックの共有とリスク分散

柳橋病院と有料老人ホームの合築事例が示すように、不動産ストックを多目的に活用し、賃貸収入を得ることで初期投資リスク(内部資本維持コスト)をヘッジしている。また、診療報酬と介護報酬という二つの収益ストックの確保は、財務リスクの分散に不可欠である。


2. フローの最適化:取引コストの低減とウェルビーイング

取引コストとは、事業活動というフローにおいて、外部との間で発生する情報収集、交渉、契約、調整にかかる費用である。複合経営は、患者・利用者獲得や定着のフローをグループの内側に内部化することでこのコストを削減するが、ウェルビーイング・マネジメントは、連携フローの質を向上させ、間接的な取引コストを抑制する。

🔄 ケア連携フローの円滑化と質の向上

  • 取引コストのゼロ化: 病院から老健への患者移行はグループ内で行われ、外部市場への営業・交渉コスト(取引コスト)が排除される。
  • ウェルビーイングによる連携の質: 職員間の心理的安全性が高まり、部署間の情報連携(フロー)が円滑になる。これにより、特定医療法人茜会や社会福祉法人暁会のような合築施設での診療情報伝達や転院調整といったフローの遅延が減少し、患者満足度が高まる。これは、苦情対応や再調整にかかる間接的な取引コストを抑制する。さらに、「チーム医療が医療の効率性に及ぼす影響」に関する研究(藤谷・松下ら, 2023)は、連携の質(フロー)が直接的に医療の効率性という成果に結びつくことを示しており、法人内部でウェルビーイングを基盤としたチーム連携を行うことが、取引コストの低減と効率化に不可欠であることを裏付けている。

🛡️ 利用者ウェルビーイングによる定着化(フローの安定)

利用者へのウェルビーイングを重視したケアを提供することで、サービスの質に対する信頼性が高まる。

  • 定着率の向上: 利用者や家族の満足度が向上し、施設・サービスからの離脱(アウトフロー)が抑制される。結果として、新規利用者獲得のためのプロモーションや営業活動費といった取引コストを大幅に削減し、安定した収益フローを確保する。

結論:ウェルビーイングが導く最適解

福祉医療における複合経営の戦略的成功は、「ストック=内部資本維持コスト」と「フロー=取引コスト」の最適化によってもたらされるが、その駆動力はウェルビーイング・マネジメントである。

  • 人的ストックの強化  ――――――→ 内部資本維持コストの低減
  • 連携フローの質の向上 ―――――→ 取引コストの低減

この戦略的展開こそが、福祉医療サービスに関わる法人やグループが、政策適応、財務安定化、そして社会への貢献を両立させ、持続的な成長を遂げるためのひとつの最適解であると思われる。


引用論文リスト

藤谷克己, 鈴木里沙, 谷口優, 市川香織 & 松下博宣 (2023). チーム医療が医療の効率性に及ぼす影響. 厚生の指標, 70(3), 13-18.

松下博宣ら.(2021). 多職種連携の実態と主観的幸福感の関係― 幸福な専門職はチーム医療に「協力」する ―. 東京情報大学研究論集, 24(2), 1-12.

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