こつこつと原資料を集める。
それらのデータを集約してデータベースを作る。
さらに、それらを分析して有意な発見に繋げる。
そこから一般的なパターンや法則を導き出す。
そして、その成果を論文、そして一冊の本にする。
凄いことだ。
著者の藤森敏雄さんから新著を贈呈され一読した感想は、これに尽きる。
そもそも、医療法人の法人数やごく大まかな全体像は公表されてはいる。しかし、個々の医療法人が、どのように保健・医療・福祉サービスにアプローチしていて事業化しているのか?その純資産や事業利益の程度はどのくらいか?そして、どのような戦略が構築され実行されているのか?については過去、全国規模の調査はなかったのである。あるのは断片的な事例やケースばかりで、全国を鳥瞰した実証的な研究はほとんど無かった。
そこで藤森さんは、2006年から2008年にかけて、全国の医療法人の登記簿を収集して、データベースにするという気が遠くなるような?作業をこつこつと継続した。それも、本業である民間研究機関の業務ではなくプライベートな時間を使ってである。強い意志と、健全かつ執着的な気質がなければ、なかなかできることではない。
だから、本書で紹介されている発見事項は、サラリとは書かれているもののどれもキラリと光っている。
・全国の5809もの医療法人の全純資産の合計は3兆5788億円
・資産額の合計はセブン&アイ・ホールディングスの時価総額を上回る。
・「一般病床中心」では、在宅復帰に関連する「医科診療所」あるいは「居宅介護支援」がプラスの影響となる。
・「療養・老健中心」では療養病床、および「老健施設定員」の影響が大きくなる。
・「療養・老健では50-99ベッドで「回復期から在宅まで」の実施が高利益
そのうえで、医療法人のタイプごとの増益に繋がる付帯業務の組み合わせがモデル化されている(p56)。詳細は本書に譲るがナルホドの結果だ。今までいろいろなケースに当たってたぶん、こんなものだろうと推定してきたことがらが、実証的にハッキリ示されるとスカッとした気持ちになる。
さらに、純資産額を従属変数として、法人設立後の年数、老健定員、精神病床数、療養病少数、一般病少数を独立変数として行った重回帰分析もストライクゾーンのど真ん中へ直球を投げ込むような調査だ。
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なるほど、「全国の医療法人の資産額の合計はセブン&アイ・ホールディングスの時価総額を上回る」のだが、セブン&アイ・ホールディングスの経営戦略は、ほぼ一気通関したグランドデザインのもとで遂行されているはずだ。しかし、全国にちらばった医療法人は玉石混交の最たるものだ。だから、本書が提供するデータと意味づけは、実務・研究双方にとってとても意味深い。
イノベーションという観点から見てみる。
制度イノベーションがやつぎはやに繰り出されている医療法人(参考資料1,参考資料2,参考資料3)だが、制度イノベーションを生きたものにできるか否かは医療法人の経営者に依存するだろう。だからこんなクエスチョンもでてくる。
・地域・患者の利益、経営者の利益、そして、従業員の利益の3方向を両立させるガバナンスのありかたは?
・社会の公的な公器としての医療法人のオーナーシップをいかにスムーズに継承させていくのか?
・ケアサイクル形成において、垂直統合・水平統合のひとのハブとして今後の医療法人の経営戦略はいかにあるべきなのか?
この本の隠し味は、やはり、その背後にどっしりと横たわるデータベースにある。ぜひとも、新たな問いに答えるような第2弾、3弾の研究も期待したいところだ。
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