1~2月は、講演&ワークショップが続き、なんとなく気ぜわしかったが、3月はギアチェンジだ。軽4駆を駆り出して、紀伊半島をぐるりと巡る8日間のツーリングに出発した。今回は車中泊や自転車ツーリングを封印し、「ちゃんと屋根の下で寝る」大人のフィールド・スタディ(現地調査)である。DAY1は新東名で蒲郡まで一気に走り、DAY2の朝に竹島・八百富神社へご挨拶。そこから名阪国道・道の駅針テラスを経て、国道480号線で一気に標高約800メートルの高野山へと駆け上がった。
今回の旅のハイライトは、高野山、熊野古道、神倉神社の3つ。昨年は、マネジメントの目線から、いささか世俗的なウェルビーイングの関する本を一冊上梓したのだが、どうもウェルビーイングなる外来のテラテラ光り輝く用語は、日本的な良い・善い生き方、つまり、いきいきとした生き方や行き方を置きざりにしている。ちょっとまずい。
だから、高野山と熊野の地で、ウェルビーイングをとらえなおそう。そんなやむにやまれぬ奇妙な思いからこの度ははじまったのだ。

■ハイライト1:高野山 ― 標高800mの「サイバー密教空間」
DAY2〜3の舞台は真言密教の聖地、高野山。3月の高野山は最高気温が9℃前後、最低気温は氷点下にもなるというまさに冬の気候だ。 恵光院での阿字観瞑想、持明院での早朝勤行、そして高野山大師教会・授戒堂での暗闇の中での「菩薩十善戒(日常の生活の中で実践する仏教的規範)」の拝受と、いきなりディープな暗がりへ。

さて、トランスレーショナル・システム科学のレンズで見れば、十善戒と三密修業は、よき存在としての人間のあり方、今風に言い換えれば、ウェルビーイングを「身・口・意」の3つのサブシステムに区分けし、それぞれに対してシステミックな介入を行うことだ。それらによって、さらに高次元のウェルビーイングを体現していくものだ。戒と行の関係は、おおむねこうなる。
○菩薩十戒(十善戒):日常の「三業」の制御(ノイズの抑制)
身業(3):不殺生、不偸盗、不邪淫(身体的暴力や搾取の制御)
口業(4):不妄語、不綺語、不悪口、不両舌(言語的虚偽や関係破壊の制御)
意業(3):不慳貪、不瞋恚、不邪見(精神的執着、怒り、認知バイアスの制御)
○三密修行:仏の「三密」との共鳴(同調と拡張)
身密:印契(ムドラー)を結ぶことで、身体を仏の身体的表現(姿勢・動作)に同調させる。
口密(語密):真言(マントラ)を唱えることで、発話・音声を仏の真理の振動に同調させる。
意密:本尊を観想(マンダラ等の視覚化・概念化)することで、精神を仏の意識状態に同調させる。
「戒」は顕、行は密。顕は、表面意識の規範や倫理観念にはたらきかける。宗派を問わず仏教ではよく説かれる、あれだ。人によっては辟易とする向きもあろうか。いっぽう「密」は、深層意識の深みで、人間を成り立たせる身体性・言語性・意識性という根源的な生成システムをエントレインメント(共鳴的に引き込み、さらに統合)させてゆく。

余談だが、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて三密修行の入り口にあたる「護身法」を行じる人間の脳神経ネットワークの挙動を調べると、たしかに、「戒」の介入ではみられない、複雑な脳神経のエントレインメントが実在することが最近分かってきている。「密」が秘めるパワーは、現代科学によって次第に解き明かされつつある。
というか、やっと「科学」が「密」に追いつき始めたということだろうね。
さはさりながらも、戒と行は表裏一体・相互補完の関係にあるので、「戒行一如」ともいう。三業転じて、三密となす、という人間存在のウェルビーイングを高度化しトランスレートするテクノロジーをシステミックに体系化したいのが、かの空海。
南無大師遍照金剛。
さて、金剛峯寺を参拝し、徳川家康・秀忠を祀る絢爛豪華な「徳川家霊台」や霊宝館を巡った後、いよいよ壇上伽藍へ。真言密教のシンボルである朱塗りの「根本大塔」は、堂内そのものが立体曼荼羅として構成されている。それはまるで、空海という天才プログラマーが構築した壮大なVR空間のようだ。 現代のバーチャル・リアリティーを1200年も前に先取りした空間だ。
ここで比較宗教論的に面白いのは、この超・論理的でシステマティックな仏教空間のなかに、地元の神様(丹生明神・高野明神)を祀る「御社(みやしろ)」が同居していることだ。外来の最新OS(仏教)をインストールしつつ、土着のシステム(神道)と見事に互換性を持たせる。空海のこのプロデュース能力の絶妙には舌を巻くばかりだ。

その後下山して立ち寄った天野の里・丹生都比売神社との繋がりも含め、日本の神神集合・神仏習合の寛容さと、寛容さを支えるしたたかさは、なるほど、一神教世界には見られない。ちなみに、樹齢数百年の杉木立が続く奥之院の参道には、20万基以上の供養塔や墓石が並んでおり、その中には仏基同根論を熱く主張したゴードン夫人が寄贈した景教碑(ネストリウス派キリスト教の碑)まであるのだから、高野山の包容力はユーラシア大陸をカバーして余りある。ゴードン夫人参考サイト「ゴルドン文庫」

ちなみに、ネストリウス派キリスト教が、431年のエフェソス公会議で異端とされて、アッシリアを経て東へ遷移するはるか前、一神教のキリスト教成立の下地となったミトラス・ミトラを継承する「弥勒」にも俄然注目だ。奥の院のすぐ手前の参道から左にちょっと入ったところに「弥勒石」がお堂のなかに祀られている。弥勒石を木の格子ごしに持ち上げ見たが、ズシリと重かった。救済のカミをも包含する空海密教は、けだし、ブッキョウの枠さえも静かに、しかしながら歴然と超えているのだ。

■ハイライト2:熊野古道と「よみがえり」の地
DAY4、和歌山城や番所庭園を巡り、和歌山市立博物館で郷土の歴史を予習してから南紀へ。滝尻王子を経て川湯温泉にチェックイン。 そしてDAY5は、いよいよ熊野古道歩きだ。龍神バスで発心門王子まで上がり、そこから熊野本宮大社へ下る王道ルートを歩く。高野山が「教義と論理の構築物」だとすれば、熊野は「ただそこにある自然への畏怖」である。

杉木立や石畳を踏みしめながら歩く行為自体が、大自然と一体化する修行なのだ。 ゴールは熊野本宮大社と、かつて本宮大社があった大斎原(おおゆのはら)。ときあたかも、大斎原の大鳥居あたりの桜は満開。
西行の「何事のおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」の感慨が去来する。
今回はただ歩くだけでなく、世界遺産熊野本宮館で開催された「熊野本宮大社の移築再建-明治22年水害からの復興プロセスを探る」というシンポジウムにも参加した。自然の猛威によって社殿を奪われながらも、不死鳥のように蘇る熊野の信仰パワー。熊野の人間活動システムは、熊野の生態系によって包摂され、熊野本宮大社は、熊野の生態系を包摂する。良き・善き生き方を求める、つまり熊野のウェルビーイングを再興するためには、来訪神をべつの社でお迎えすべしという判断にいったたのだろう。

1年と8か月でこの偉業を成しおえた熊野には、なるほど、熊野的ウェルビーイングを欣求してやまない独自のマインドセットがあったのだろうし、それは今でも脈々と息づいている。シンポの後にご挨拶させていただいた熊野本宮大社宮司の九鬼家隆氏と、そんな所感を申し上げた次第。
「よみがえりの聖地」の真髄をアカデミックに考察できたのは、今回のフィールド・スタディの知的なスパイスとなった。
■ハイライト3:神倉神社 ― 理屈抜き!「巨石こそ神」の原始神道
DAY6は、川湯温泉から国道168号線で熊野川沿いを下り新宮へ。ここで訪れたのが神倉神社だ。 熊野権現が最初に降臨したとされる聖地だが、待ち受けていたのは538段の目眩がするような急峻な石段。太ももをプルプルさせながら這うように登り切った先にあるのが、階段の先にはご神体の巨大な「ゴトビキ岩」が示現。

これぞまさに、おそらくは縄文時代から続くアニミズム(自然崇拝)の極致だ。
縄文時代に淵源する古い神社の古層には、3つの共通点がある。第1は、見晴らしの良い台地・崖上(崎)にましますこと。第2は、湧水・清流の側に鎮座していること。第3は、巨木・森がり、しばしば山や巨石そのものを御神体としていることだ。弥生時代以降の神社、例えば、伊勢神宮の下宮、内宮にも、縄文神社の痕跡は残っているが、伊勢神宮より古い神倉神社は、縄文神社の特徴がこれでもかと言わんばかりに全面に出ている。
仏教のように小難しい経典も、煌びやかな曼荼羅もない。「とにかくデカい石、ものすごい崖、だからここは神聖なのだ!」という、有無を言わさぬ物理的な説得力である。 その後訪れた熊野速玉大社や、高さ約45mの巨岩をそのまま御神体とする花の窟神社(熊野市)も含め、このエリアには、教義の入る隙間もないほどの「剥き出しの自然崇拝」が息づいている。
高野山で「緻密な神と仏のハイブリッドな生成システム」に肉迫した数日後に、熊野で「理屈じゃない、石だ!」という原始神道のストレートパンチを食らう。かくも高野山・熊野には、カオスが渦巻きながらも、深くたゆたゆしい森や川につつまれ、そんなカオスも調和しているかのようだ。
■エピローグ:俗世への帰還
東紀州の熊野尾鷲路を走り抜け、松阪に到着した後は松阪城跡を巡り、夜は俗世の喜びの極みである「松坂牛」を堪能した。そしてDAY7に御殿場まで移動し、DAY8に無事自宅へと帰還した。軽4駆で駆けた8日間の紀伊半島。カミとホトケ、そして圧倒的な大自然が織りなす、カオスで寛容かつ精緻な日本の価値システムに身をもって触れたフィールド・スタディだった。

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