東沢大橋は 川俣川東沢渓谷地獄谷にかかっている。長さ90メートル、高さ48.9メートルの赤いアーチ橋。近所では「赤い橋」と呼ばれている。
秋の紅葉シーズンには、橋の赤と空の青と紅葉が見事なな色彩を織りなす。右側には八ヶ岳主峰の赤岳。赤岳(2899m)から権現岳(2715m)までの急峻なキレットを経て、左側には権現岳を眺望できる。
この、キレットが好きなのだ。
キレットとは稜線の一部が急激に切れ落ちている鞍部を指す。キレットとは漢字では「切戸」と書く。日本語でありながら、カタカナ表記が一般的な珍しい言葉だ。
権現キレットは、慎重な3点支持が必要な岩稜、 鎖場や足元からスパッと深い谷を見るトラバース、高低差がある梯子、岩稜、ガレ場の連続 だ。先鋭な危険に身をさらすほど、生きているという豊饒な感覚が沸々と湧いてくるものだ。
権現岳は、桧峰神社のご神体で、古くは山岳宗教の修行の場であったことを物語っている。第56代清和天皇の貞観(じようがん)10年(868年)には、 桧峰神社の神様は従五位下を授かった、と『日本三代実録』に記されている。
キレットは「危うさ」と「死ぬこと」の中間にある「生きること」を見つめ直す稀有な場だ。
古人が、山岳をキレットを、宗教の場に昇華させたのには、このような意味をキレットという場に埋め込ませたかったからか。
「生きずらい」とか「生きる意味が掴みづらい」という、あの輪郭がはっきりしない感覚はなにぶん、都会的な感覚だ。そんな感覚が首をもたげてきたら、キレットと相対してみるに限る。
安全地帯の下界から岩稜を仰ぎ見ていると、無性にキレットを渡りたくなってくるのだ。
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